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October 30, 2017

ブログはしばらく開店休業になりそうです(BGM:一緒にいたいならby Sly&the family stone)

最近はJW関係の文章はめっきり書くこともなくなりまして、理由は単純で平常運転に戻ったというか、逆に飽きっぽい自分にしては、ここ半年~1年くらい良く書いたものです。だいたい「エビのしっぽ」の電子書籍化で一応一定の結末を見た感じですかね。

これは以前の「エホバの証人の子どもたち」の書籍を書いたときに「秋本さん、やめた後の指針となるような書籍を書いてほしい」というリクエストがあったんですがなかなか応えられず、まあ曲がりなりにもそのリクエストへのささやかな答えって意味もありまして。

ただし、そこから派生する新たな問題意識。JWに限らずは、やはり深堀りしていこうとしています。例えば「マインドコントロール論」の社会心理学的なオーソドックス(正統的)な定義なんてJWの内側外側で起きる事象からかなり見えてくるものもあるんですね。こういった外部へ敷衍(広げていく)していく作業ってのは、JWに関係あるかないかは別に今後やっていきたいし、そちらにシフトしつつある感じです。一般社会にも十分通ずる、元JW内にしか通じないというものではない、いわゆる内輪受けしかしないものではない、もっとハイレベルなものですね。「元Jなめんなよ」的っていいますか。それは中途半端でも“言論の世界”に身を置いているからできる力技でもあるわけだし、知的格闘あるいは知的誠実さってんですかね。

一つ、現在取り組んでいるのが「責任」という概念というか言葉というか。これは英語で「responsibility」って言いますが、この概念はある意味すごく中途半端で。例えばJWの責任、個人に対する、あるいは集団の、また個々が持つ、指導層が持つ。これは同一と考えるべきかどうか。この辺になるときちんとした説明は不能になる。英語圏の定義でも実態は同じです(以下ややこしい説明が続きますんで、JW関連の話題でもないんで、パスする人は下の動画(もしお耳にあえばですが)でご勘弁、自分の大好きな曲っす)。



そもそも、「責任」という言葉自体古く、日本語の元は漢語で室町時代に入ってきたものらしく、もともとは地位の高い者への命令などを行えなかった下の者が責められることを意味していたらしい。要は「責めを伴ったやらなきゃいけないこと」ってことだったらしい。この言葉は織田信長のことを後代に伝えた「信長記」などでも使われています。明治期の翻訳でも1900年の「英和外交商業字彙」では「Liability(義務。現在も場所によっては責任と訳されることも(例:strict liability(無過失責任)))」が責任として使われています。responsibilityの訳語として責任が定着したのは、それより後だったと考えられますね。

responsibility自体の語源もいろいろな説明があって「岩波哲学・思想事典」はローマ時代の法廷にまでさかのぼるのに対し、他の英語文献は比較的最近の事例を挙げ18世紀・19世紀はもっぱら政治、例えば議会政治の説明の文脈で使われてきたと書いてある。J.S.ミルやマックス・ヴェーバーとかあのあたりの議論ですね。個人の持つ道徳的な「責任」として定着したのは20世紀と見られていて、いわゆる個人の自由が認められるようになってから、古くて新しいまた現在も変化し続ける言葉もしくは概念なのかもしれない。

日本の関心は個人よりも集団が多いように思います。例えば書籍のタイトルで最も多く使われるのは「戦争責任」。つまり集団の責任が最も興味があるテーマになっているようです。個人では「自己責任」と弱者いじめに使われることも多く、まだ定義もあいまい。ですが、定義のあいまい性はresponsibilityにもあります。

英語の文献を読んで面白かったのは、retrospective responsibilityとprospective responsibilityという二つの概念の解説ですね。日本だとaccountability(説明責任)との違いの説明は多く見るけど、こちらはあまりない考え方で、訳すと「遡及的責任」と「予期的責任」とでもいうんでしょうか。ここら辺を分解して考える手法は非常に参考になりますね。自分としては、この中間に抜けている真空がある気がして、そのあたりを埋めてシームレスに説明できる一つの体系化が可能ではないかと一応試行錯誤していて、たぶんできそうな気が。責任の概念の説明のレベルをもう一段階上げられるとマジで思っているところがあります。

もちろん「責任」それ自体の概念としては、ほぼそれに相当する考えは古代からあり、聖書も人間の神への責任の書としてとらえれば、責任という概念を部分的には捉えていなくもない。ハンムラビ法典もアリストテレスも、その他太古にある文献の多くはそう。この辺もややこしい話で。・・・・なんてことを現在、苦手な英語の文献を格闘しながら読解している感じですね(哲学独特の表現が結構きつい)。とてもじゃないけどJWについて考える余裕がなくなってまして。

この責任という概念は重要で、例えば最近トランプ大統領などが積極的に使って有名になったfake news。これを考える場合も責任の定義のあいまいさは問題になっています。ある人たちの責任の追及とその人たち自身の責任は常に非対称で、常にアンバランス。まあこれはJW批判にも発生する問題ではあるんだけど。

インターネットでちょっとしたことで大きな責任問題が発生する現代社会において、現在定義されているというかあまり定義しきれていない「責任」はもう少しなんとかしなくちゃいけないと思っています。

そして責任をネガティブにとらえて回避する方向性に行く傾向は、たいてい触らぬ神にとより行動が他者の目を気にするネガティブにいくという問題もあって、責任について真剣に話をすると必ず個人攻撃と誤解されますし、もっと責任を前向きに、より使えるように再定義し直す必要性は強く感じていまして。

日本の哲学者が書いた責任に関する本で「責任はそもそも理不尽」という説明があって、それってなんなのって思っていて。ただそう、理(ことわり)を尽くしていない(不)言葉なのではないかという意味ではあたっている。そこでやろうとしているのは、理(ことわり)を尽くすこと。責任についてきちんとまとめていきたいという感じですね。

以下現在調査中の文献。もうここまで来るともう異常というか、変人というかマニアックとしか言いようがないですけど、一応ものを書くときはこれくらいでも足りないくらいですね。なお法関係や法哲学、企業やビジネス的な文献は除いているので、それも含めたらもっとあるだろうし、英文献とドイツ語のものも参照として挙げられているものは多いんですけど、とても全部には当たれない。ただし、これっていう決定版はないんでそこが狙い目だと。これで、しばらくブログも書けそうにないですね(長い言い訳)・・・、すみません。不定期で、余裕があれば書くレベルになるとは思いますが、相談とかオフ会とかは全然やってますので、遠慮なくご連絡ください。

<参 考 文 献>

1.マックス・ヴェーバー「職業としての政治」

2.J.S.ミル「自由論」

3.小浜逸郎『「責任」はだれにあるのか』 

4.大庭健『「責任」ってなに?』

5.桜井 哲夫「自己責任」とは何か

6.斎藤貴男『安心のファシズム』

7.佐伯啓思『自由とは何か-「自己責任論」から「理由なき殺人」まで』

8.佐藤真紀・伊藤和子『イラク「人質」事件と自己責任論―私たちはこう動いた・こう考える』 

9.大辞泉「責任」

10.小坂井 敏晶「責任という虚構」

11.ハンナ・アレント「責任と判断」

12.ハンス・ヨナス「責任という原理―科学技術文明のための倫理学の試み」

13.國分功一郎「中動態の世界 意志と責任の考古学 」

14.井上 彰「正義・平等・責任――平等主義的正義論の新たなる展開」

15.読売新聞戦争責任検証委員会「検証 戦争責任」

16.高橋 哲哉「戦後責任論」

17.アイリス・マリオン・ヤング「正義への責任」

18.吉崎 祥司 「「自己責任論」をのりこえる―連帯と「社会的責任」の哲学」

19.雨宮 処凛 「自己責任社会の歩き方: 生きるに値する世界のために」

20.松村 格「自由意思と刑事責任」

21.レイフ・クリスチャンソン「わたしのせいじゃない―せきにんについて」

22.白井 聡「永続敗戦論 戦後日本の核心」

23.山本 七平「戦争責任は何処に誰にあるか ―昭和天皇・憲法・軍部」

24.家永 三郎「戦争責任」

25.井上 清 「天皇の戦争責任」

26.山本 清「アカウンタビリティを考える―どうして「説明責任」になったのか」

27.宇都宮 健児「自己責任論の嘘」

28.ヴォルフガング・ヴィッパーマン「ドイツ戦争責任論争―ドイツ「再」統一とナチズムの「過去」」

29.荒井 信一「戦争責任論―現代史からの問い」

30.成田 和信「責任と自由」

31.スティーヴン・ダーウォル「二人称的観点の倫理学: 道徳・尊敬・責任」

32.ヴォルフガング・シュルフター「価値自由と責任倫理―マックス・ヴェーバーにおける学問と政治」

33.佐伯 千仭「責任の理論」

34.『市民の科学』編集委員会「市民の科学〈第8号(2015)〉責任倫理から共生倫理へ―ヴェーバー生誕150年」

35.和田 秀樹「この国の冷たさの正体 一億総「自己責任」時代を生き抜く」

36.リヒャルト・ヴィッサー「責任―人間存在の証」

37.厚東 偉介「経営哲学からの責任の研究」

38.P.F.ドラッカー「マネジメント―課題、責任、実践」

39.大澤 真幸「自由という牢獄――責任・公共性・資本主義」

40.品川 哲彦「正義と境を接するもの: 責任という原理とケアの倫理」

41.北田 暁大「責任と正義―リベラリズムの居場所」

42.片岡 寛光 「責任の思想」

43.カール・フリードリヒ・フォン ヴァイツゼッカー「われわれはどこへ行くのか―世界の展望と人間の責任 ミュンヘン大学連続講義集」

44.ロマン・インガルデン「人間論―時間・責任・価値」

45.安藤 泰子「個人責任と国家責任」

46.レオ・ローゼンベルク「ローゼンベルク 証明責任論」

47.キース・フォークス「シチズンシップ―自治・権利・責任・参加」

48.デイヴィッド・ミラー「国際正義とは何か―グローバル化とネーションとしての責任」

49.井之上 喬「「説明責任」とは何か」

50.ハンナ・アーレント「アーレント政治思想集成 1――組織的な罪と普遍的な責任」

51.ジャン=マルク・クワコウ「政治的正当性とは何か―法、道徳、責任に関する考察」

52.金井 壽宏 (編集), 高井 俊次 (編集), 中西 眞知子 (編集),森岡 正芳 (編集) 「語りと騙りの間―羅生門的現実と人間のレスポンシビリティー(対応・呼応・責任)」

53.イラクから帰国された5人をサポートする会 (著, 編集) 「いま問いなおす「自己責任論」」

54.J. R. Lucas“Responsibility”

56.Bovens, Mark (1998)“ The Quest for Responsibility: Accountability and Citizenship in Complex Organizations”

57.“Responsibility: Volume 16, Part 2 (Social Philosophy and Policy)”

58.Francois Raffoul “The Origins of Responsibility (Studies in Continental Thought) ”

59.Nancy Pemberton , Janet Riehecky, Lori Jacobson“Responsibility: What Is It”

60.Ann Elisabeth Auhagen , Hans-Werner Bierhoff “Responsibility: The Many Faces of a Social Phenomenon (Routledge Research International Series in Social Psychology)”

61. Bok, Hilary (1998)“ Freedom and Responsibility”

62. Coffee, Jr., John (1981) “No Soul to Damn: No Body to Kick”

63. Feinberg, Joel (1970)“ Doing and Deserving: Essays in the Theory of Responsibility”

64. Fingarette, Herbert (1967)“ "Acceptance of Responsibility" in his On Responsibility”

65. McKeon, Richard (1957)“ "The development and the significance of the concept of responsibility" Revue Internationale de Philosophie, XI”

66.斎藤 慶典「レヴィナス 無起源からの思考」

67.レヴィナス「全体性と無限」

68.大修館『大漢和辞典』

69.小学館『日本国語大辞典』

70. 『懶室漫稿』(1413頃)

71.『信長記』(1622)

72. 『花柳春話』(1878-79)

73. 明治民法(1896)

74.『英和外交商業字彙』(1900)

75.夏目漱石「坊ちゃん」

76.夏目漱石「こころ」

77.『岩波・哲学思想事典』

78.『現代倫理学事典』

79.『世界の名著39 カント』

80.ヘーゲル『法哲学』

81.丸山徳次「科学技術の責任と倫理」

82.レーヴィット『共同存在の現象学 』

83.デリダ『死を与える』

84.ヤン・パトチカ「歴史哲学についての異端的論考」

85.エドムント・フッサール「ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学」

86. The Federalist Papers (1787)

87. Oxford English Dictionary

88.Internet Encyclopedia of Philosophy“responsibility”

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October 29, 2017

オフ会でしゃべったことなどもろもろ

オフ会ではいろいろとお話しさせていただけましたが、その中で私がちらっと言ってものの一部だけですが・・・

①エホバの証人は一般社会でうまくコミュニケーションできない

このような質問というか、ありまして、私は逆の見方をしているというお話をさせていただきました。少なくともコミュニケーションを行うベースはいわゆる他のカルトといわれる団体よりはある。あるいは高い。

例としてヤマギシ会とかオウム真理教など、コミュニケーションから隔絶した団体の二世というか信者の子弟よりはかなり有利。特に神権宣教学校や伝道活動で一方通行とはいえコミュニケーションをこちらから図ることそのものの経験は有利に働く可能性が高い。

もちろんそこには柔軟性や融通性などもあるので、必ずしもうまくいくわけではないですが、だいたいご相談などでお話を聞くとコミュニケーションのそれより、そのあたりが問題であることが多い。

②エホバの証人内の習慣や行動が一般社会でも出てしまいそれが一般社会で生きる上で障害になる

これも同じですね、そこまでダメと思っているのは本人だけ。世の中、もっと問題を抱えたコミュニケーションもできない人は山のようにいます。どこまでできるべきか、あまりに高い目標を掲げすぎてるのかもしれません。

でも一般社会で「ん?」と思われながらも一生懸命生きていることに何の問題があるのか?ってことだと思います。それそのものは障害ではなく障害と思ってしまう自分自身に焦りがあるのかもしれない。その焦りを少し落ち着かせることが重要かな。

③エホバの証人以外友達ができない

これも一般の方も全く同じ問題を抱えていて、年齢が高くなればなるほど、若かったころのような付き合いのできる友人は少なくなる。

でも友達の定義を少し下げて、なんとなくいい感じのところまで落ち着けば、友達のたくさんいる人ほどではなくてもまあまあなんじゃないですかね。

・・・・少しプラスアルファしましたが、こんなことをああでもないこうでもないとお話しお聞きしたりさせていただいたりでした。

でもこれをきっかけに、自分の生活をより地に足の着いたより満足度の高いものになるとよろしいかと、まあそんな感じです。

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October 28, 2017

出版記念オフ会ありがとうございました!

参加者の皆さん、ありがとうございました!

話が盛り上がりすぎて、遅い時間になってしまいましたが、終電大丈夫でしたでしょうか?

また、初めての方もかなりいらしていました、初めての方に優しい初心者向けのオフ会を心がけておりますので、オフ会デビューの場として、他の方のオフ会の参考にしていただければと思います。

また、今回残念ながら都合が悪くて参加できなかった方もまた機会がありましたら、よろしくお願いします。

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October 11, 2017

「エホバの証人二世の論考集 エビのしっぽ」出版記念オフ会 詳報

・・・を参加者の皆様にお送りさせていただきました。

もし届いていない方がおられましたらお知らせいただければと思います。

また参加されたい方がおられましたら、一応再通知という感じで

 日時 : 10月28日 土曜日 18時から

 場所 : 東京都 町田駅近辺

下記までご連絡ください。

electric_warrior@nifty.com

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