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December 27, 2017

ゆく年くる年2017→2018

今年最後の話が金の痔の像みたいな話ではあまりにあれなんで、まあ年の最後にですね、もう少しまともな話をば。

今年はいかがだったでしょうと、さもありなんなことを言うとりますが、私自身はまあバタバタしてました。一応、業界の仕掛け人的なこともしてまして、そういったことが多数、実を結んだり、結ばなかったり。

特に政府が主導で進めている「働き方改革」、この周辺を現場サイドで何ができるか、業界対応についていろいろと動いておりまして。少しでも働く方の側と雇用する側に立つことができないかってことですね。これを機により良い職場環境に一気に変えていけないかと業界の方々と、いろいろ議論を深めているところです。特に女性の立場からの意見も積極的に伺っております。

さらに来年は、もう一つ議論を深めたいテーマもあり、より境界線の外へ外へとアプローチを広げる予定です。つまり、より一般的な課題への有効なソリューションを提供するベースを作る、というか作りたい。まあ、今まですごくやりたかったことでもあり、その分、どうしてもそれまでの内側の事柄は少し薄くなるかもしれない。これは、仕事でもそうなるかもしれない。

JW問題もしかりですね、ある程度自立的な感じでネットワークもできているわけですし、その辺は皆さまのお力に期待です。何か足りないことがありましたら、不肖私のようなものでよろしければ、お声がけいただければですね。何もないのが良い便り、そうあれば良いでしょう。

そういった理由で、若干JW関係の話からは遠ざかりがちになるやもしれません。ただ、JW問題への対応の蓄積が外部の課題応用にも有効であることを示せるかもしれないし、それが回り回ってJWの課題解決へプラスに働くかもしれない、などと遠大なことを考えております。まあ、いつも夢は無限大みたいな感じなんですが。皆さま良いお年を。

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December 26, 2017

親のやったことの尻拭い

JW時代の後遺症的なことで、今でも困っていることが一つありますね。

食事中の方はすみません。痔ですね。痔がひどくて、今でも血便が出ます。いつも便器が真っ赤になる。

子供時代の当時ですね、トイレに行くことはかなり制限されてて、集会中や奉仕中にトイレに行きたいというと必ず鞭をされていたんです。まあそれ以外にも理由がありゃなんでも鞭でしたが。

で、子供はどうするかというと便意を催しても我慢するようになる。だから、その習慣で、ひどい便秘になりまして、そのあとトイレに行くと、ものすごい硬いものになるんで、肛門が耐えきれず痔になるという。

尿も我慢させられたんで、おそらく肝臓がかなりやられたようで、健康診断でいつも引っかかる。顔色はいつも悪いですし。

児童虐待の項目を見るとやはり出ていて、排泄のコントロール。要は子供の都合ではなく、親の勝手な都合で排泄をさせ、できないと処罰するという虐待ですね。どうもそうらしい。

今でも真っ赤になった便器とヒリヒリするケツに、チッと舌打ちします。この歳になってです。親が子供に対してやったバカなことって子供の一生に取り返しのつかない影響を与えるんだなって、まあ他山の石として肝には命じますが。これでも親なんで。

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December 20, 2017

ビバ!愛すべきダメ人間たち

音楽の映画があると、最近は内容も知らずに見ちゃう。この前も『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』を前情報なしに見ました。本当にダメ人間の映画で、なにもかもうまくいかない、才能がありながらもね。

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ダメ人間映画(なんてジャンルがあるかは知らないけど)は、よく見てますね。ミッキー・ローク主演の『レスラー』なんて典型的なダメダメ親父の痛々しいほど切ない物語で。

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独り身でJWをやめた後の失業中は、アメリカン・ニューシネマのダメ人間映画、『真夜中のカウボーイ』『スケアクロウ』『カッコウの巣の上で』『タクシードライバー』なんてよく見てました。結局、就職も決まらず、もう就職活動もする気力もなく、失業保険も貯金も底をついてどうしようもないってのに、何もできずに、日がな一日無為に過ごして、そういうのを見ながら、同類の同じダメ人間の匂いを感じてですね。

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まあ、今では長老みたいと言われることありますけど、どっちかっていうとこちら側ですね。基本はダメ人間に近い。長老になんてなったこともない(どころか奉仕の僕を長老との喧嘩でなって1ヶ月で降ろされてる)、またやり方も模倣したことすらないんですけどね。多分、言う方は悪気はないだろうし、比較対象をそれしか知らないのかなと思うだけですけど、自分はむしろそっち側は全然ですね。気色悪くて。

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December 16, 2017

カルト団体への学術的な研究

JWを代表するカルト団体を対象として学術的に研究する場合、その距離感がなかなか難しいようです。

宗教の学術的な研究は一般的な宗教であれば、宗教団体、信者への直接・間接の接触、発行文献調査などを使って行われますが、カルト団体だとこれを行うためのハードルがある。

団体や信者の協力は、条件付きか、制限されるか、あるいは全く相手にされないかのいずれかです。協力が得られたら得られたで、新たな問題が起きます。

例えば、オウム真理教の教祖と対談して肯定的なコメントを行った宗教学者島田裕巳氏はそのことでバッシングを受けます。オウム真理教の擁護をしているだけでなく、ホーリーネームをもらったことや学生に勧めたなど事実無根のことをマスコミに書き立てられたのです(訴訟では勝訴)。結果、大学の職を辞するところまで追い込まれました。

このことは、カルト団体との距離の取り方の難しさを改めて認識させる出来事となりました。かと言って反対家族、元信者からだけであるとその人々を対象にするならばまだ良いのですが、当該のカルト団体を対象にするには、今度は逆のバイアスがかかってしまいます。

いずれにせよ、団体の協力が得られようと、あるいは得られず元信者など間接的情報に頼ろうと客観性を保つのはなかなか大変になります。

JWなどのカルト団体の研究には、こういった難しい要素があるのだということですね。論文を読む際は、こういった難しい条件でのチャレンジとして読むと改めて頭が下がります。

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December 13, 2017

JW組織の逆張り戦略

さて、前掲の論文で面白いのが、「・・・布教の成功率の低さはこの宣教時間の多さによってカバーされていたと考えられるのである」という文章です。普通は逆のことを書きます(巧みな手練手管(マインドコントロールや洗脳テクニックなど)を用いて効率的に信者を獲得、増加の原動力になった、など)が、さすがですね。数字は嘘をつきません。

本部の布教戦略として紹介されていますが、ちょっと別の視点から見ても面白いかもしれません。これはもしかすると「逆張り」戦略かもしれない。

「逆張り」とは、投資の戦略で、皆がやっていることと反対側に貼って逆転を狙うやり方ですね。競馬で言えば大穴の万馬券狙い(ちなみに本命狙いは順張り)。投資の世界では「ブラック・スワン理論」なんて有名です。提唱者のナシーム・ニコラス・タレブもヘッジファンドのディーラーとして、その戦略を使ったと言います。

さて、じゃあJWの布教戦略の何が「逆張り」かっていうと「戸別訪問の頻度の異常な高さと多さ」。

私も以前、営業について色々勉強したことがありますが、この戸別訪問などの飛び込み営業は短期ならともかく、長期継続していくことが非常に難しい種類の営業戦術であることが分かっています。

まず、人件費の多さと人の磨耗が激しい。相手へのストレスも多くクレームも多くなる。成約率も低い。つまり効率が悪すぎるのです。

これを採用するのは、短期の比較的高価な商品になりがちです。高級羽毛布団、高価な浄水器とか一時期ありましたね。大抵、店より高いのですが、それはそれだけ営業経費がかかるのです。お客も高いものを買わされ、営業マンも疲弊しやすい、短期でしかなかなかうまくいかないわけです。地域密着ではなく、渡り鳥のようにやる場合が多い。アフターサービス、ケアも悪く、お客との信頼や距離も開きがちです。

当然、宗教の布教戦略としても普通は採用されません。まず、宗教家を含め負担が大きすぎる。信者にさせるなど普通はありえない。信者がやめてしまう。また、クレーム対応を考えただけでも、意欲がなくなります。そしてそれをやったからといって信者が劇的に増えるわけでもありません。地域密着型の宗教では基本無理筋です。宗教はある意味人間関係と信頼性で成り立っているため、このような人間関係にヒビの入りそうなやり方はできないでしょう。

ところが、JWはその誰しも避ける非効率戦略を布教戦略のメインに据えるのです。まず、信者への信仰の責務として半ば義務化。また、時間を報告までさせる。この時間管理と時間の競争による信仰の評価判断は、信者の戸別訪問による磨耗を鈍化させます。

それと同時にクレームを一般社会との対立基軸いわゆる「世のもの」とか「サタンの世」とかいうやつですね、これで封殺。本国では裁判で徹底的に戸別訪問の権利を巡って争いました。また、地域にもあえていながら密着しようとしない。地域イベントにも徹底的に不参加。人間関係、信頼関係など二の次。むしろ信頼より、片務的な忠実や従順を重視。共同体と外部に見えない壁を張り巡らせることによって、それらの課題を半ば強引に解決(本当はしていないが)したのです。

そして成約率の低さを量の多さと頻度の高さでカバー。これをシステムパッケージ化し、各国に輸出。コンビニフランチャイズの本社のように各支部にマニュアルのようにせよ、と厳命。それが信仰と忠節なのだ、と論文にある通りです。

で、これがなぜ成功したかというと、他のところでは真似できないから。ハンニバルのアルプス越え(注)みたいなもので、誰もしようとも考えないから、うまくいけば犠牲は多くとも、効果が高い。多くのデメリットで誰も採用しない選択をシステム的にそのデメリットを相殺。犠牲は現場と境界線上に放置、無視して、そのメリットを最大限生かしたと。まさに逆張り。

ただ、この逆張りもハマると効果が高いけれど・・・というのはあると思います。現在の停滞とカート伝道という負担の軽減策(一種の逃げですね)は、この信者増加の成功を弱化させる方向に働かせているように見えますね。

(注)ハンニバルのアルプス越え:当時不可能とされたカルタゴ軍率いるハンニバルのアルプス越えにより、イタリア半島に強行に侵入、海軍で勝る共和政ローマを肉薄したポエニ第二戦争のクライマックス。アルプスのピレネー越えは厳しい行軍となりハンニバルの軍も多大の犠牲者を出した。ローマは全く予想しておらずアルプス越えにより混乱と度重なる敗北を被る。現代でも、その戦略は高い評価を受けている。その後、大スキピオが登場するまで、ローマは戦略的に不利な状況に置かれる。
興味ある方は、漫画「アド・アストラ -スキピオとハンニバル-」(カガノミハチ)を読んでね!

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日本のエホバの証人に関する論文

日本宗教学会の学会誌「宗教研究」390号に、日本のエホバの証人の研究者山口瑞穂氏による、戦後の日本のエホバの証人に関する論文「日本におけるエホバの証人の展望過程-終戦から1970年代半ばまで-」が掲載されました。

中身をざっと解説すると、日本のキリスト教研究を行ったマーク・R・マリンズの「外国志向」「土着志向」という分類に対して、日本のエホバの証人の隆盛を神権組織という前提による「本部志向」という概念で説明しようとする意欲的なものです。

日本支部は、アメリカ本部の顔色を伺っていくことによって成立するという主体性の喪失と順従、そしてその組織化も全て本部主導で、その権威の正統性の頑強な擁護こそが中心となるという風に読みました。

戦後の灯台社の排除から、日本支部の日本人への指導的立場の移管と他支部との比較における優遇も、単なるマリンズの「外国志向」ではなく「本部志向」という方がつじつまが合うという感じですね。組織の隆盛も、この本部志向による過大な戸別訪問アプローチが関係しているのではということで。

学会誌ですので、なかなか目にする機会がないかもしれませんが、機会がありましたら是非お読みください。

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December 03, 2017

お問い合わせ

がありましたが、返信が設定でできないみたいなので、こちらで。

乳井氏と私の関係ですが、要は私が小学校の入学前に彼は同じ会衆だったということです。

親同士も知り合いですね。片や日本の中枢に、片や元JW二世への支援的なアプローチを日本で最初に行った二世と。百八十度逆に行ったのですが。

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December 02, 2017

JWへの「わだかまり」を超えるものは何か

前回はJWへの「わだかまり」を超えるものは何か、という問いに「時間」を挙げました。たしかに20年以上発言している人間なんて自分くらいですし、まあ自分もわだかまりでやってるわけでもない。それくらい経てば、大多数の人はある程度はわだかまりを解消できるんでしょうね。

その他の要素で言えば距離かな、物理的、心理的な距離があれば、そもそも考えたり感じることも少なくなる。井戸より海を見よってやつですね。ある程度、自分の気持ちを吐き出し切ったら、距離を置く、むしろ一般社会の人なり興味なり活動なりそちらに注意を集中することっていいことと思います。

吐き出すってことですが、正直自分はいまだに吐き出したことはあまりないです。それは、「わだかまり」の自己消化ができる性格上の問題と素早い咀嚼能力また鈍感さがあって、まあそれが良いのかってこともあるんですが。つまり感受性や事態への対処能力など、他の要素も結構わだかまりを解消するスピードに関係しています。個人差が大きく、誰でもこれをやればってのはない。

でも、個人的に思うのは「わだかまり」を乗り越えられればもっと先が見通しやすくなる、自分のことに集中できるというところはあると思います。ちょうど過去に縛られる状態からいわゆる吹っ切れた状態。それは個人としても気持ちがだいぶ楽になるような気がします。

私なんか組織はどうでもいいけど、そういった個々の「わだかまり」をある程度解消する水先案内については深く洞察したいと思ってますし、その点のみですかね。組織を論じる視点もそこがスタートなんで他の方の恨みや怒り、悲しみ(吐き出す時期ならば必要なのかもしれないですが)とはまた別次元かもしれない。

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