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January 30, 2018

権力と闘う映画紹介

一昨日、映画試写会に行きまして、スピルバーグの最新作「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」ですね。今のトランプ政権のマスコミへの激しいバッシングを受けて急いで作られたような、危機感がよく伝わってきます。

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内容は泥沼化するベトナム戦争の中、アメリカ政府のベトナム戦争に対する内部調査の文章が流出、内容は政府の偽りが詳細に書かれており、ニューヨーク・タイムズが掲載を始めたところ、ニクソン政権が法的手段で掲載を止める。これに対し、ワシントンポスト紙も情報源から機密文書コピーを入手しながらも、法的な問題含みの中、経営陣から軽んじられている女性発行人が、掲載するかどうかを編集部、経営陣、法律顧問、株主などの重圧の中、決断をするというもの。今の日本のメディアへも示唆的なところがたくさんあります。

メリル・ストリープの演技はさすがです。自分はどちらかというとメリル・ストリープというと「ソフィーの選択」の華奢で消え入りそうな女性の役を思い出す口ですが、最近は「プラダを着た悪魔」やら「マーガレット・サッチャー鉄の女の涙」とか強い女性を演じることが多い中、久し振りに、迷う、少し控えめな、それだからこそ決断する時の力を感じさせる女性を好演しています。(3月30日〜)


ということで、メディアと巨大な権力との戦いを描いた映画紹介。

「グッドナイト&グッドラック」
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アメリカで1950年代にあった悪名高いマッカーシズム。JW的にわかりやすくいうと、みんなである考えの人たちを告発して断罪、背教者扱いみたいなことをして、社会から抹殺するということが政府主導で熱病のように流行ったんです。

ハリウッドでも猛威がふるい、ハリウッドテンと呼ばれた人々が業界から追放されます。その一人が「ローマの休日」の脚本でも有名なダルトン・トランボで、そのことは「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」で描かれています。また日本の漫画では、山本おさむ氏が「赤狩り」という作品を書いていますね。

逆に、このマッカーシズムの告発に積極的に協力したのが、あのディズニー映画やディズニーランドのウォルト・ディズニー、レーガン元大統領、ニクソン元大統領(この人は「ペンタゴン・ペーパーズ」にも関係してますね)などでした。

この狂気じみたマッカーシズムに、ニュースキャスターであるエドワード・R・マローとCBSの番組スタッフが立ち向かう姿が描かれたジョージ・クルーニーが監督の社会派映画。自分たちも告発されかねないという恐怖の中、魔女狩りのような状況と戦う声をあげるのです。

「スポットライト世紀のスクープ」
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これは以前紹介しましたね、カトリックの神父の児童への性的虐待のスクープを行なったボストン・グローブの記者たちの話。これがあったからこそ現在のJWの長老たちの性的虐待が報道されるようになったと言っても過言ではない。そう言った意味では、ぜひ見ておきたいもの。

これら映画では、そのような行動を行う時の個人の迷いがすごく描かれていて、それはそれぞれ個人としては、本当に大変な決断なのだと考えさせられるものです。

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January 28, 2018

元Jは電脳オフ会の夢を見るのか?

オフ会が盛況で、20年前と比べれば隔世の感です。

当時はインターネットも普及してませんし、オフ会という言葉もまだ一部のオタクの言葉で、告知も口コミですね。

あれから、いろんな人が企画して、としきさんのところなど百人以上なんて集会みたい。

あれも確か、ゆうじさんがオフ会をもっと企画してくれって、頼まれて面倒なんで、自分で幹事をしてよって言ったのが、たぶん始まりのような。ここら辺は記憶が曖昧ですが。

彼のオフ会で少し気になったのは、彼がそもそもキャラが強いですから、一部の人にちょっと肩入れし過ぎかなってところかな。これって意外に問題になりやすい、それで2度と行かないなんてことも本人じゃなくて私の方によく言われまして。まあ、自分は人のところには口を出さない主義ですから、嫌なら行かなければいい。別の種類のものを作ったっていい程度で。

そこらへんは引き継いだとしきさんは上手にされてますね。結構きめ細やかにされていると思います。

でも、オフ会は時間と場所、さらに本人の適正という限界があるんで、それだけがすべてってわけでもなくて。自分は手段の一つ程度に考えていますね。

私自身50以上はオフ会に参加している多分一番多いと思うけど、延べ人数で数百ですかね。でもニーズはそれ以上にあると思う。声なき声、姿なき姿ってまだまだですね。そこらへんの方々のニーズにいかに応えられるか、オフ会だけでなく、総合的に考えたいと思っています。

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January 26, 2018

JW二世の抱える問題と一般社会との間

昨日はJW二世と一般社会との間の壁を自由に行き来できる人がいると良いなんてことを言ってましたが、じゃあJW二世の価値観や認識と一般社会とのではどこまで差異があるか、これはよく聞かれることで。

あまりに差異があるので、一般社会、この世って言うんですかねJW用語で、そこになかなか馴染めないとかよく言われますね。で、この差異はあるっちゃあるけど無いっちゃ無い。

例えば、JW二世の抱える問題について社会は理解してくれない、こう言われるのありますが、逆に、じゃあ我々は社会の他のマイノリティ(少数者)の抱える課題にそれほど理解しているのか、というと自分たちのこと以外は本当に無関心。自分たちのことは理解してほしいけど、他の人のことは理解しようと考えもしない。

でも、これは一般社会の認識も同じです。そういう意味ではJW二世の認識と全く変わらない。もちろん中には意識高い系でそういったことを理解したいと思う人は一定数いますが。これもJW二世も一般社会も一定数いるという意味で変わらない。基本は自分の見聞きして感じる範囲だけなんです。

そして、実を言うと一般社会の抱える課題とJW二世の抱える課題はすごく離れているわけでも無い。多くの人が抱える課題は、JW二世の課題でもあるし、共通のものも多い。騙されやすく信じやすい問題から、心の問題、人間関係の問題、経済や健康、人生設計の問題、学業の問題、就職の問題、老後の問題、家族間の問題。JWオリジナルと思われるところ多いけど、よくよく比較すると本質的にはそれほど差異があるわけでは無い。

JWの組織の抱える問題、それをどう捉えるかだって、それほど一般の問題を抱えた組織と大きな違いはない。よく覚醒したという理由に挙げられる、欧米での児童への高位者の性的虐待の問題だって、原型は他のところにもある(むしろ被害者やそちらにも目を向けてほしいのですが)。そういった意味ではあまり差異は感じられない。

ただ、それが自分たちだけと感じさせる環境は確かに存在します。孤立ですね。もっというと情報の遮断。また、自分以外への無関心とも言えるかもしれない。でもその孤立でさえ、一般の方もすごく悩む話で。JWの場合孤立がある意味教理の中にプログラムされているというところはやや問題ですが。

それで、これを客観視できる人が一人いるだけで大きく状況は変わる気がしますね。それができる人がいるとさらに世界は広がる。それはJW二世にとっても、さらに一般社会から見ても。もちろん、一人より二人、二人より三人ですね。全員がなる必要はない。一般社会でもそういうことをするのはほんの少数でして。ある程度の人数がいないと顕在化しない資質でもあるので、まだJW二世の目に見える形の人数は少ないからなのかもしれないですけど。

オフ会や元信者同士のネットワークもそうですね。どうしても同じもの同士で視野が狭くなり、視野が狭いもの同士の狭い広がらないものになる可能性がある。それ自体は決して悪いことではないし、むしろ感情の交歓という意味では人によってはすごく必要なことでもありますが。ただ、いざ客観的な解決策が必要な時、その視野のまま課題に突っ込まれると、非効率というか、遠回りだったり、あるいは最悪解決から程遠かったりする場合もありますね。そういったときに、客観的な人が、もちろん長老みたいな人はダメですが、その場をかなり距離感を保って見られる人がいるのは、ある種のバランスというか理想ですね。

まだ、そうなっていないのは、JW二世の問題が、まだまだ個人レベルの問題を超えられないからかもしれません。これもJW二世の問題と一般社会の問題との距離なのかもしれない。今はそれで十分でしょうが、例えばオフ会にも行けない、あるいは行きたくない。そういった人が解決のリソースだけ欲しいという場合、個人間の問題解決手段だけだと選択肢が少ない。そこが課題ですかね。

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January 25, 2018

なんで責任のことばかり書くの?

初めて読んだ方は「なんだ、責任のことばかり言ってJW関係なくね」って思われるかもしれませんから、ちょっと注釈。

これは古い議論で、JW二世には、JWの行為への責任があるか?例えば、日本支部の調整者の乳井君、彼は二世なんですけど、彼に責任があるとしたら、どのような論理でありうるのか?

意外に難しいんです。この辺りを、

乳井氏の罪とは何か?
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/47380/46770/86356490

で論じてまして、で、この議論をきっちりやるには責任という概念をがっちり固めないと歯が立たない。そこで責任とは何かを詳しく論じたのが、

責任論リローデッド
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/47380/46770/87447477

この後、議論が発展してるんですが、これもかなり欠陥がある。一つは哲学の世界での責任の議論に必ずもれなく、ついてくる「自由意志と決定論の議論」があることに無自覚だったため、自由意志という言葉をかなり無神経、乱暴に使っている。あと義務との差異も実を言うともう少し複雑というか曖昧。こういう弱点があるんです。

とゆーことで、ならばきっちりけじめつけようということでやってるんですが、まあ一般の責任概念もまだ未成熟な感じで、そこへの新たな論理的アプローチとゆー意味合いもあります。

よく思うんですね、どうしても元JWだとJWの中の概念へのアプローチ(反対するにせよ)だけで満足してしまう。でもそこで得られた知見は普遍的な価値を持たせれば、JW以外の外部でも十分通用するし、またすべき。そうでなければ単なる内輪受けで終わりだし、その他一般的に言えば意味があまりない。その逆も真、外部の普遍的な価値観や概念は、JWを客観視するのに必須。つまりその壁を取っ払うことって結構重要で、そこを自在に行き来できる人材が求められてる気はします。まあ少ないですが(スカウト中、次はあなたかもしれません)。

この責任論も、そのための試金石的な意味ではJW発の外部へのアプローチとして面白いと思っているのは自分だけかもしれないけど。それくらい責任の概念の一般の議論や解説、考察は、まだまだ貧しくて不十分というのもあります。これはある種の挑発でもあるんですが。

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January 24, 2018

漢文はちんぷんかんぷん

「責任論」も佳境に入っておりまして、今参照してるのが、「荘子(責任という漢語の語源かもしれない)」「ニコマコス倫理学(アリストテレスのもの、責任的な概念をシステマチックに議論しているよう)」「イーリアス」「オデュッセイア」(ホメーロスが書いたという英雄譚、責任の概念もちょこっと出てるとか)「古事記」「日本書紀(両方とも日本神話から天皇家の歴史までを編纂したもの、責任の概念についてはあるような無いような)」「日本霊異記(平安時代の仏教説話、若干責任の概念らしきものが散見される)」「聖書(もちろん新世界訳ではなく新共同訳)」などなど。いわゆるコテコテの古典にまで手を出してるんですが、漢文なんて本当にわからない。専門家にレクチャーしてほしいくらいです。

でも書いていて楽しいですね。まるでパズルを解いて埋めるように、うまくいくとピタッとはまる感じで、それが快感、これまでの著作では無い感覚です。仕事で普段原稿を書くのとはまた違った面白さですね。2月いっぱいで仕上げられそうな感じで。

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January 23, 2018

訃報

西部邁氏が自殺とショッキングなニュースが。自分は氏の考え方は基本嫌いだし、その論述の仕方は、正直変と思ってた方ですが、なんか悲しいですね。なんで死ななければならなかったんだろう。
ご冥福をお祈りします。

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January 20, 2018

ポストポストJWを迎えたら

さてさて、ポストポストJWというか、要は対JWの情報的なものも行動的にもある程度けりがついて、あとはJW周辺の気持ち的なものだけって場合ですね。

ここまでくると実生活がうまくいってれば、そこまで考えなくてもってのがありますが、人生ってそうなかなかうまくいかない。

やはり、なんか人生の壁にぶつかったような時により戻しのように、またJWに対する気持ちがぶり返すことがままあります。私もお話を聞いていると多いですね。

家族はもう信者のままだろうし、仕事や健康や結婚などどこか引っかかってると重たくなる。

まだ先がある20代くらいだと人生まだまだやり直しがきくとなるんですが、35を超えるとだんだん職業選択からハードルが上がったり、結婚や子供を持つこともだんだん難しくなったり。

そこで必要なものはなんだろう、ってまあ考えることが多いんですが(最近はそちらの方がお話を聞くとメインのような気がして)、難しいのですが、次の三点セット自己許容と鈍感力と鷹揚力、ここら辺が結構役立つのかなと。

自己許容っちゅうのはまあ、こんなはずではって気持ちを一旦リセットして現状をある程度受け入れようと。結構いい線まで行けたじゃないかと。自分で自分を認めてあげる。上を見ればきりがないし下を見てもそう。そしてそこから一ミリでも良い方向に転がればそれを評価する。

そして、鈍感力。あまりに過敏になっているところを鈍麻させる。あるいは反応しない。そのためには相手と自分との距離ですね、これをある程度離して独立させる、あるいは独立していると知ることが必要かな。人は人、相手は相手、JWはJW、自分とは違う独立した主体として認めるってことですね。

それと鷹揚力。鷹揚に構えるってまあよく言いますけど本当は超上から目線ってことですね。もっというと俯瞰して相手を見ていてそれゆえに余裕をもって相手を見られる。実を言うと攻撃的な人間より鷹揚な人間の方がJWは苦手なんです。そういった意味では少なくともJWに対しての感情は比較して優位に立てますね。金持ち喧嘩せずじゃないですが、まあ彼らレベルを相手にするのもって感じですか。

こういうのも人生の熟度というか、渋みが増せば増すほどに出来てくるのではないかと、若い頃にはない力ですね。

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January 18, 2018

懲らしめの鞭

博多では、ありがとうございました。こちらでのネットワークが広がるとよいですね。

さてそこでの話題、懲らしめの鞭は日本独自の問題かって話題になりました。たしかに欧米のJWの児童虐待の話題はもっぱら高位者の児童への性的虐待となっています。あまり主婦の懲らしめの鞭は話題になっていないような。

一方、日本で二世の体験談では、親の懲らしめの鞭が主ですね。なぜそうなるかはなかなか難しいのですが。

私は教育学を一応専攻してますので、その中の考えでは、そもそも体罰という選択肢はあり得ない。教育評論家の尾木ママとか、全否定ですが、一応教育学としてみればまあ普通です。元巨人の桑田真澄さんも同じですね。これが教育学としてみればスタンダード。

一方、一般では温度差が大きいです。桑田さんの調査ではスポーツ関係者の80%以上が体罰容認と教育学とは大きく乖離がある。JWはもちろん問題外ですが。

こういった、一般の見方や懲らしめの鞭の導入の経緯など、いろいろ複雑に絡んでいるのかもしれませんね。

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博多では、ありがとうございました。こちらでのネットワークが広がるとよいですね。

さてそこでの話題、懲らしめの鞭は日本独自の問題かって話題になりました。たしかに欧米のJWの児童虐待の話題はもっぱら高位者の児童への性的虐待となっています。あまり主婦の懲らしめの鞭は話題になっていないような。

一方、日本で二世の体験談では、親の懲らしめの鞭が主ですね。なぜそうなるかはなかなか難しいのですが。

私は教育学を一応専攻してますので、その中の考えでは、そもそも体罰という選択肢はあり得ない。教育評論家の尾木ママとか、全否定ですが、一応教育学としてみればまあ普通です。元巨人の桑田真澄さんも同じですね。これが教育学としてみればスタンダード。

ただし、一般で言えば温度差がありますね。桑田さんの調査ではスポーツ関係者の80%以上が体罰を許容するのですから、教育学の知見とは相当乖離がある。JWなんてのは問題外。

ここら辺の認識の差も結構あって、なかなか難しいのがあるんですが。

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January 17, 2018

博多 on my mind

博多来とります。

福岡は色々縁がありまして、まず母親が実家から出て住んだのが博多で、伯父も会社経営してまして。東京来たらラーメンがまずかったとよく言っていたものです。私も今でも博多ラーメン派なんですが。

ちょっと最近は仕事がいろいろあってたびたび来てますが、以前大阪の食通の方が博多は全国でもトップレベルの美味しい店があると言われ、九州で博多によく来られる別の社長さんに聞いてみたら。

「美味しい店たくさんあるよ、ガストとかサイゼリアとか」などと冗談を言われまして。

そんな訳というわけではないですが、雨で飛び込んだ店がサイゼリアで昼飯ですね。夕方はミニオフ会みたいにできればと思いますので、いろいろ未定(成り行き任せ)ですが、よろしくお願いいたします!

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January 13, 2018

パーフェクトワールド

がギャオでやってますね。

https://gyao.yahoo.co.jp/p/00597/v12620/

JW二世の男の子が、脱獄犯と逃亡する物語です。

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January 12, 2018

17日博多

に仕事で参ります。平日なんでなかなか難しいとは思いますが、夕方はフリーですので、ご連絡頂けるとミニオフ会できるかもしれません。お近くの方はご検討のほど。

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January 11, 2018

『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』

いしいさやさんの漫画をJW時代からの友人が読んだって連絡が来てまして、もうアメブロの皆さまは読まれたと思いますが、遅ればせながら読ませていただきました。

話そのものは典型的な話でしたが、漫画で手軽に読めてわかりやすかったです。一般の方にはなかなか内情まではわかりにくいので、こういった手法もありでしょう。

趣味の忘年会の時にJWの話題が出たんですが、自分は面倒だからというのと、場の雰囲気を壊さない(宗教と政治は基本話題にしない)という大人なところもあって、一般の方に積極的に説明はしない方なんで、どこまでってのはありますが、こういったもので、ほんの少しでも知っていただけるのは良いのかも。

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January 06, 2018

あけましておめでとうございます!

皆さま、今年もあるいは今年こそ、あるいは今年から、イヤなんでもいいんですが良いお年を!

私の方は現在急ピッチで文献調査してまして、正月中にも数十冊を読み込むと、もう右も左も関係なしにやっています。

で、「戦争責任」なんてテーマも読み込んでいるんですが、責任について考える際の感情の影響力の大きさに改めて色々と考えさせられているわけで。そのせいでまともな責任を考えるベースすら整備されていない。戦争責任に比べれば瑣末なのかもしれないJWの問題も、つまるところ多くの感情に振り回される傾向は否めません。

我々、なんというかそこをコントロールして、より普遍的な価値によって昇華するためには、まあその前提となる議論をいかに感情抜きで整備できるか、そんなに人気も出ない、地味で面白みのないことを、誰かが誠実にやって行く必要があるのだな、とこういった文献調査で改めて感じさせられることで。

いろいろと新年早々つまらんことを言いましたが、雑感ですね。皆さんのブログを(書くのも、読むのも)今年も応援しております。

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