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April 30, 2018

トラブル列伝⑦続けていくこと

さて、昼ブタは無事離陸。そして私のところの例の掲示板は・・・管理人さん同士で修復が不能になってしまって、私のところに持ち込まれる。

もっと早く言っていただければ、いくらでもやりようはあったんですがね。まあ、でも任せたのですから、仕方ありません。

最後には、こちらで管理まで引き受けてという感じになりました。

そこで私が手をつけたのはルール。ニーズがあるということは、この掲示板の趣旨は正しい。ただし不備がある。そこで、以前の管理人さんのルールをそのまま生かして、補足事項を追加しました。

さらに議論用の掲示板に誘導できるようにする。クレーマーを議論の掲示板に張り付けるようにしたのです。こうすれば、吐露したいという人を守れる、そしてアンフェアという批難もかわせる。

こうして、他の掲示板と比較して鉄壁の防御を恣意性抜きで構築したのです。他の掲示板と比較しても、安心して発言できる場所となり、かなり利用されました。

ただ、トラブルは相変わらず。色々続きます。中にはストーカーまがいの方とか、目的も手段も多様化して、対応の幅がまた広がるという。

そんな中、また一人の逸材が現れる。私の確か町田オフ会でですね。もしかするとその前に昼ブタオフ会が最初かもしれない。元ベテルの方という。

私やゆーじさんは、まあ天然物というか、野生児というか(一人はやる気のない野生児、もう一人は暑苦しい野生児)、だけどこの方は、まあスマートでサラブレッド、毛並みの良さとか血筋の良さが現れている、落ち着きがにじみ出ている。

今の昼ブタオフ会の主催者のとしきさんですね。まあ、我々と全然違います。

ゆーじさんが亡くなった後、彼がオフ会を引き継いだことに、私を含め、関係のあった我々はなんの違和感も感じなかった。むしろ、彼しかいないと思ってましたね。

基本はゆーじさんの時の形式のまま、中身でより大人のきめ細やかさをプラスした。(だから批難するのに彼を矢面にして、ゆーじさんの時から悪化させたなどとわかったようなことを言うのは、その経緯が全くわかっていないことを示すに過ぎない)

彼は非常に優しい人で、東日本大震災で昼ブタオフ会の常連の方で被災された方がいらっしゃって、我々はその方のことで涙を流した。彼は、その方のために、震災直後にすぐに現地にまで飛んで行ったんです。そのことの大変さって、私は何度も現地取材で行っているのでわかります。仲間のためにすぐに、(ただ言うだけでない)ホンモノの行動ができる。そんな、仲間思いの人間味あふれる方。私は他の方はともかく、リスペクトしています。

まあ、今回は彼のことを知らない人たちが好き放題に言っていましたが、私は彼に会って知っています。私が知っている彼は、そんな人ではない。そこまで批難することは、少なくとも私が知っている限りで考えにくいこと。

私自身は、その後気まぐれですので、気が向けば昼ブタオフ会に参加したり、しなかったり、まあ参加しても昼だけとか、まあそんな感じですが。いい加減でやる気ないのは相変わらず、あれなんですがね。

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トラブル列伝⑥「昼寝するブタ」の誕生

その新しい掲示板がスタートして、私はもう任せっきりの放置状態でした。

またオフ会もそうですね、私が主催なんだけど幹事はゆーじさんとお仲間でしていただいて、まあすごいことになって。彼は熱意の塊、ものすごく人が集まるようになって。もうどっちが主催かわからない。彼の独壇場になって、かたや本当の主催者は超低温、テンション低し。

掲示板は当初はうまくいってました。しかし、だんだん問題が起きる、というか管理人さんたちが問題に対応できなくなる。

一つはこれは私の見立てなんですが、ルールが少し甘い。そして管理がだいぶ恣意的。よくルールは人を縛るためと考える人がいますが、本当は逆。これは当時、私は学校の教員をしていて、よく生徒に聞かれたんで答えていたんですが、ルールって本当は君達を守るためにあるのだよと。

掲示板のルールも同じで、発言者と管理者双方の利益を守る、言い方を変えれば双方の利益を最大化し、損失を最低限にするためにある。もちろん、ただ相手をコントロールするためだけのルールも存在しますが、ほとんどはそう。だから、その設計は十分配慮しなければならない。ところが、ルールにあまり縛られたくない人に気を遣いすぎて、具体性のないルールになり、管理が難しくなっていた。そこで嫌な人には厳しく、気に入った人には甘いという感じになりがち。

結局、その点が甘かった気がします。ただしそこに口を出すと、こっちで全部しなければならなくなる。わかっていても口を出さないのが私の主義。いえ失敗から学ぶチャンスを潰すことになりますし。

もう一つは管理者同士の意見の食い違いやいざこざ。また温度の違い。ここら辺も気がつかなかったけど、あとで表面化します。

これを見たゆーじさんは、ならばなんとかしようと勝手に始めたのが裏掲示板。そこで皆でコソコソやって、その新しい掲示板の意見を影で誘導しようとしたのです。

私もまあ管理はしないけど、一応チェックしてましたが、発言の動きがおかしい。そこで聞いてみるとそんなことをしていると。

私はゆーじさんに抗議しました。こんなことはアンフェア、そして問題の元凶になるし、一部の人の掲示板の私物化にもなりかねない。それに影でやれば、その責任はチェックできない。誰も責任を負わなくなる。ルールベースでもなく、恣意的にある人を攻撃したりすることも可能になる。

ここで話し合いをして、彼の責任で自分のホームページを作り、そこで彼の理想の掲示板を作るという話に落ち着きました。これが「昼寝するブタ」のスタートですね。怪我の功名、その後は非常に発展して、多くのフォロワーが生まれたのはご存知の通り。

また、オフ会も独立してやりたいという申し出もあり、快諾しました。何せやる気ない者を上に乗っけていても重石にしかなりませんし。これが現在の昼寝するブタオフ会のスタートのきっかけ。それを知っている人なんて、わずかで現在の主催者さんすら知らないことですが。

ところが、これにも茶々が入る。このことが秋本への裏切りということを言う人が出てきて、私のところに話が来る。

「兄貴!あの野郎兄貴の恩も忘れて、いっちょまえに振る舞いやがって許せねえ!やっちゃって構いませんか?」

なんてヤクザなことは言いませんが、意味的にはそんなことを。

私は言いました、そうではないと。これは喜ばしいことなんだと。色々な人が色々なことができて、そしていろんな選択肢がある。それの何がいけないんだと。

自分は逆に嬉しい。彼が自分の責任で、きちんとされることが、その気になったことがすごく嬉しいのだと。そこを自分が邪魔をすることはしたくない。むしろ私の方がずっと助けられてきたのだから、感謝こそすれ批難するいわれはない。成功するように心から応援しているんだ。

これが昼寝するブタのオフ会のスタートの影であったことなのです。

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トラブル列伝⑤新しい掲示板

さて、その後もゆーじさんからの熱き抱擁・・・ではなくて、熱いアプローチが続いてまして。

もっとオフ会をこうしましょう!掲示板をもっとこうしてください!もっと頑張ってください!秋本さん、なんでそんなやる気ないんですか!もう、本当にめんどくせー・・・。

私と彼とを両方知っている方は、眼に浮かぶでしょ?まあ、そんな感じです。陰と陽、プラスとマイナス、ボケとツッコミみたいな。

特に問題になっていたのが、掲示板。前も言いましたが、うちは議論専用で基本ルールを守っていればなんでもあり。一部の二世から安心して書き込めないという声が上がり出していました。

私は基本は、自分でニーズを勝手に予想して決めるのではなく、みなさんの出された要望で決めるというタイプ。みなさんがそういうならということですね。ただ馬力が非力。要はそれもやるの自分?ちょっと大変になる、という個人のやる気のなさ、忙しさで後回しにしてました。

そこで業を煮やした、ゆーじさんとお仲間が私に直談判。今の議論専用の掲示板と別に安心して感情を吐露できる全く新しい掲示板を作りたい。それを秋本のホームページ内で運用させてほしい。自分たちで管理をするから、秋本は最終責任と名前を貸してくれればいい、とまたとんでもないことを言い出した。まあ、こちらが責任を取るくらいならとオッケーしたんですね(ここら辺もテキトー)。

管理者は、その時はゆーじさんではなく、別の方がお二人で、私はまあ神輿に乗るだけで何もしなくて良いと。まあ、やる気もないのですが。

ただ、彼らのいうことはすごく当たっていました。たしかに議論なんかより、安心して話せる場所が本当は必要だったんですね。すごく、たくさんの書き込みがあり、そしてそこをやがてご卒業されていく二世の方達がたくさん出ました。そういうことの大切さを改めて学ばさせていただきました。そういった意味ではゆーじさんとみなさんたちに感謝しています。私でしたら議論で十分って考えるタイプですから、そこまでできなかったですし、気がつかなかった。議論に耐性のない人は思いの外、多かったのです。

ただし、それはその後の話で、初期には色々と問題がそこでも起きたのです。

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April 29, 2018

トラブル列伝④ゆーじさん登場!

その後もトラブルもありながらも、オフ会やったり、書籍執筆の話が舞い込んで、執筆したり、まあ結構やってました。

そんな中、ある時にオフ会に一人の浅黒い漁師のような男が、片手に掲示板のプリントアウト全て、片手にガンダムの小説を持って現れた。

私がゆーじさんに初めて会った瞬間です。とにかく熱い、暑苦しい。私はオフ会で会うとわかるけど、本当に熱が低いというか、冷めているというか、適当というか、いい加減というかです。長老みたいな人を期待されると大抵がっかりされる。なんてやる気のない人なんだろうと。

喋っている内容の8割は、書いていることと違い冗談で、真面目な話はほぼしないというかできない。一方、彼はもうすごく熱く(一方的に)語る。秋本さんは何度もメールしながらなぜ返事をしない。(うーん返事したような気が・・・)もっと二世を助けるという自覚を持って欲しい。私がバックアップします!応援しますから!しっかりしてくださいよ!

まあ、彼が200度とすると、私はマイナス20度くらいな熱量しかないですから。

当時、私は30、彼は40。彼の方が10上だけど、彼の方が熱い少年のキラキラした心を持っているというか、子供っぽいというか。いえいえ嫌いじゃないですけど、私はもともとそういうキャラではない。もう面倒な人だなと。この温度差って後でまたトラブルになるんですね。

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トラブル列伝③トラブルメーカーさんたち

掲示板にはいろんなトラブルメーカーが来ました。もう周期的に来るので、慣れっこになって最後の扱いはかなり手際よいと言うかぞんざいというか。

私は掲示板開始当初は、全て議論を尽くせば、決着すると考えていました。最終的に読者がジャッジすれば良い。でもすぐにトラブルメーカーにそういった論理は通用しないことがわかりました。

まず、そもそもコミュニケーションできない。話を聞かない、勝手に妄想する、拡大解釈と曲解、嘘も平気で信頼できない。

さらに絶対に自分が正しい。そこだけは絶対に曲げない。しかも、それを相手が認めるまで執拗に粘着する。論理では決着がついていても関係ない。負けを認めなければ勝てると思っている。

あれ、デジャブ?そう昔からいたわけですね、今に始まった事ではない。

特に妄想が絡んだ人の執着力は異常。参加者全員が被害を受ける。中には客観的を装って肩を持つ人も稀にいますが、そこが今と違うかな。(今は妄想仲間は拡大している感じが)そのため、今までルールがなかったところを整理し、健全な議論ができるようルール策定しました。

そしてルールベースで、そのような人をお引き取り願う。感情的ではなく、あくまでもルールの適正な運用という体にする。クールに毅然と。大抵捨て台詞は「あなた方はJWと同じだ、結局JWのように自分を排斥にして云々」という何処かで聞いたセリフ。もう自分は何十ぺんと聞いているんで、言われても、また始まったか程度です。今回もまたいう人結構いました。同じなんですね。あくまで好意で発言スペースを貸しているだけなのにね。

とにかく毅然として、はっきり遮断する意思を示す。しかも被害が拡大する前の早い段階でと、そのことが非常に重要と徐々に学んでいったわけですね。

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April 28, 2018

トラブル列伝②掲示板の二人

インターネットを本格的に始めた時には、掲示板を作ったんですが、最初はルール無用のなんでもありの掲示板でして。

インターネットの初期はJWなんてほとんどいません。と言うか一般の人も多少パソコンに詳しい人しかインターネットが見られないので、パソコンオタクみたいな人、なおかつキリスト教関係者くらい。

だから来るのはクリスチャン関係、もしくはカルト問題の関係者。そのうち徐々に元JWも増えてきました。

そんな中、ある人が来て掲示板を荒らし始めて。現役二世と未信者と主張する姉妹の配偶者と名乗る者。ただし、両者は同一人物らしく、連携してJWから離れた人を攻撃。総スカンになりました。今でもいますね、激しいJW擁護派の人。その走りです。ただし彼は本当にそう思っていない可能性もあった。親が長老でJWがやめられないので、周りをそれに巻き込んでやっている印象はある。

仕方なく、彼は出入り禁止したのに、まだ無視して書く。彼の素性は知っていたので、それをチラつかせて、半ば強引に追い出しました。そんなことはしたくないけど、まああまりにも目に余ったので、他に選択肢もなかったですね。両者とも掲示板から消えましたから、多分同一人物だったのでしょう。

このような、裏アカウントと言うんですか。アカウントを複数持ち、なりすます方いらっしゃいますが、大抵トラブります。

一つは匿名性が強化されて、より大胆になりやすい。つまり自己抑制が効きにくくなる。

私はそういった裏アカウントを持つことは自制がなくなるのと責任感が減衰するのでやめた方が良いと思います。それは他者だけではなく自分を追い詰めることにもなる。信用されなくなるんです。

私は基本実名主義、家族の要望でペンネームになっていますが、基本は一意のアカウントと特定可能なハンドルネームを使います。そうすることによって、自分の発言に責任を持ち、また自制するための必要な措置と考えています。

この匿名性に依存すると自分に甘くなり、どんどん抑制のリミットが壊れることが多い。もちろん元JWは身バレが怖いので、それしかしようがないのはわかります。でも、自分の発言を制限し、責任をはっきりさせるためにも、一意のアカウントにすることは、自らのトラブルを防ぐにも重要と考えます。

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トラブル列伝①ニフティサーブにて

二十数年やってるとトラブルはママあります。まあ今回の件のなんて、まあ枝葉末節なことだと思います。

最初にあったのはニフティサーブですね。ご存知ない方おられると思いますが、インターネットではなく、モデムでつなぐパソコン通信の会議室が当時あったんです。

純粋に、文字だけの情報。JWなんてまだまばらな頃で、キリスト教の会議室の片隅にJWの場所を作ってもらってましたが、システムオペレーターとJWの場所を作った人が最初にもめて。要はキリスト教の会議室は信仰を持つ人のための場所だ。無神論を公言する元JWの会議室を作った人が発言することはルール違反と大バトル。ただし会議室を作ることは良いらしい。

私は不可知論だったのでなぜかオーケー。よくルールもわかりませんでした。

そのあとまた私がどこかのキリスト教の一派の教団の人ともめて。
「お前のところに紙爆弾を降らせてやる」と脅されました。

紙爆弾とはその教団の街宣に使われるビラのことで、そのビラはかなり過激で有名。過激な布教活動で他のキリスト教徒もドン引きするところだったらしいのですが。

その後、謝罪してくれて。あとはどうなったか忘れましたが。当時は論だけのぶつかり合いで感情的になると周りは抑えようとする。今の同意して煽るなんて人はいたけど、全員そうではなかった。

みなさん激しい議論はするけど今のレベルで言えば紳士で淑女。礼儀はそこまで失われていませんでした。今のなんでもありの、感情むき出しの非礼な言動とはだいぶ違っていたのです。

だから今の方々はかわいそうと思います。私は徐々にトラブルの質が悪化して行く間に、少しずつ慣れて、対応策を練る余裕があったのですが、今はいきなり。とにかくトラブルの質は明らかに下がっています。

それだけ、ネットに参加される人が増えたのでしょうが、どなたかが言っていたようにあまりに参加者が増えると一定程度トラブルメーカーが参加するようになり、その人の声がエコーチエンバー効果で大きくなる、「悪貨は良貨を駆逐する」という状態になりつつありますね。

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他人の仲裁を頼まれたら

他人を仲裁することについて、ちょっと記事を読みました。

私が言えるのは、もし誰かに仲裁を頼まれても受けるべきではないということです。

私も二十数年間で何度も頼まれていますが、一回も受けたことはありません。第三者的に見たらこう見える、以上は言いません。アドバイスも最低限度、一般論としていえばと断ってが限界。

まず、トラブっている同士がトラブっているのは、その個人間がトラブル解決能力をどちらかもしくは双方が失っているからです。その能力のなさ、あるいはトラブルを起こしやすさは、仲裁後も続く。だからぶり返す可能性も高い。

仲裁時の合意なんて大抵反故にされます。いえいえ、だからこそトラブっているので、それを守れる人は最初からトラブりません。

さらに仲裁が失敗すると大抵、仲裁した人の落ち度として逆恨みされます。へんな争いにもまた巻き込まれる。

そういった記事を見ると、出足が仮に善意でも問題含みで、起きるべくして起きているような感じはします。あとで起きたことは予想できたことばかり。

第三者の仲裁は仲良し同士でも難しい、ましてやネットやオフ会だけの関係の第三者は頼まれてもしない方が賢明です。私の長年見てきたことからいうと、それしかいえない。こういったこと言う人がいないのでトラブルを避ける基本として是非ご賢察いただければ。

次は私が今まであった数々のトラブル列伝から見えてきたことを書きましょう。

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April 27, 2018

ロックとブルースハープ

ストレス解消にはロックがいちばん!

ってほどでもないですが、ロックンロール狂の私としましては、思いっきり趣味に走って!

ブルースハープってのやってるんですが、どちらかというとブルースの楽器なんですが、結構ロックでも使われています例えばストーンズのミック・ジャガー!

キース・リチャーズにブルースハープはいいんだが、ボーカルがいい加減と言われたとか言われないとか。

次はレッドツェッペリンのロバート・プラント。わたしも大好きで、次の曲は結構カバーしようとしたんだけど。独特の乾いた音色がかっこよくてたまらない。

さてどんどんいきましょう、エアロスミスのスティーブン・タイラーはメドレーで。

彼のはなんとなく、いかがわしさとかっこよさの両方を含んだ、ちょっと癖のある演奏。ブルースのブルースハープってドストレートなんだけど、このなんか変化球的なのが面白い。

さてロックの中にもボーカルなしで、ブルースハープオンリーの曲もあります。J. Geils Bandの「Whammer Jammer」。
マジック・ディックというハーピストがやってまして、もう私もチャレンジして挫折したというもの。特に高音部が何ともしがたい。

マジック・ディックはShun Ngと組んでまたジェームス・ブラウンのカバーもカッコよく演奏しています。ちなみにJW時代に嫌いなベテラーから「兄弟はどんな曲が好きなんですか」と聞かれたので「ジェームス・ブラウンのセックスマシーンです」って答えて黙らせたっけ。

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April 26, 2018

町田オフ会

町田オフ会です。

特徴は、初めての方歓迎の落ち着いたオフ会です。比較的少人数ですので、みなさんと話ができると思います。

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ゴールデンウィーク町田オフ会

日時:5月6日 18時

場所:町田

費用:四千円くらい

早めに来て、と申しておりましたが、少し用事が入りました。18時に行きます。また早めに来てみなさんと少しコミュニケーションされたい方もおられます。言っていただければ連絡先をお伝えします。

<申込先>

アメブロメッセージ、もしくは、下記メールアドレスへ
electric_warrior@nifty.com

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最後に

いや退会された方は残念ですが、これに懲りずにまたお付き合いください。

基本、元JWの9割は普通の方です。普通にコミニュケーションができますし、普通のやりとりが出来る。常識的な方々だと思います。

ただ、数パーセントは、コミュニケーションの極めて難しい人が確率的にどうしてもいらっしゃる。さらに極端に攻撃的な人も、人格や性格の問題でしょうが、いる。

まあ、そういった人たちは排除ではなく、距離を取ることが大切と思います。特にふっかけてくるようなことをされたらその場を立ち去る。無視するというのはそういうことです。

また、精神的な問題を抱えた方なら、なおさらそうです。我々素人では正しい対応ができないと思います。専門の方が対応されるのが望ましい。

皆さまに、心穏やかに過ごしていただければと思います。そういった環境作りをしていきたいですね。

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April 25, 2018

不道徳な人ほど

私は思うんですが、不道徳な人ほど相手に高潔を求める。相手に道徳的な完璧さを求める。

そんな気がしてならない。

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オフ会の説明責任と宗教法人の説明責任

説明責任に対して誤解されたコメントがあったので。

説明責任(accountability)は、いわゆる責任(responsibility)とは少し違った場所にある概念です。

account(会計)という言葉が入っているように、会計に関する説明ができるようにすることむ含まれます。政府の行動についての説明、会社の社会的責任、宗教法人もそうですし。個人的になると医師の治療の説明もその概念に含まれることもある。

ただし、その説明責任をする主体は、あくまで公的なもしくは職業的なものに(現在の使われ方では)限られています。エホバの証人の場合、日本ではものみの塔聖書冊子協会などの法人格を持ち、統治体や一部指導層の場合、それを職業とし、社会的影響も世界数百万の信者と極めて大きい、またステークホルダー(利害関係者)の範囲も大きい。まさに説明責任が必要な条件を持っている。これに、個人の私的会合の会費の多寡は、そもそもレベルも説明責任のあるなしも全然異なる。比較すること自体、多国籍企業の問題と町内会の寄り合いの問題を比較するようなもの。

さて、じゃあ個人は説明することは責任じゃないの、という声もある。私の考えでは説明した方がベター、ただしマストではない。それは各幹事やリピーターの方々が必要と判断するなら検討すればいい。今回の議論は、私的な内輪(仮にステークホルダーがいても100人くらいがせいぜいで、その大多数が問題視していない)の事柄に対して、全く権利もない部外者が声高に高圧的に、何が何でもベターをマストにせよというだけの話。それは内輪だけで話せばいいわけで、外部の他者をそこに入れたら混乱する(というか既にしている)。むしろ入れてはいけない。

彼らが説明責任を要求すること自体筋違い。また、今までやってきたさまざまな炎上行為を考えれば、そもそも相手をしてはいけない。

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April 24, 2018

シンさんを無視した方が良い正当な理由(でも私は無視しないですが)

ここまでひどくなった起点の一つは、これは酷な言い方ですが、ナオさんのリンクのまとめでしょうね。オフ会の客観的な意見の片方として紹介したこと、彼らは自分たちの発言を誤解しました。

私もその危険について何度か言いましたが、あまり理解されなかったようで、まあ私の説明が下手だったんですが。

私も長い経験で、トラブルメーカー、モンスタークレーマーの匂いがブンブンする人間は、他の人より早くわかります。そんな人に、客観的な意見の代表扱いをすると、絶対勘違いすると思っていました。

そして、本当にそうなった。まあナオさんが悪いわけではなく、ただ経験が足りなかっただけと思いますが。そのナオさんにも、自分たちを取り上げてくれたことの感謝も忘れて攻撃の対象に。

芋煮会批判では、ゴンさんも人が良いので解決のために会おうとされる、仲間だと思って。だけど彼らは「命をかけない人間なんて仲間でない」と自己中毒な言葉を吐き捨てる。私も早く気付けば普通の常識人として対応してはダメ、会っても、相手をしても良くないと言えたのですが。今、かなり反省しています。

他の方も会おうとされたりしているかもしれません。これは、絶対にやめてください、危険です。対応しようとすればするほど、その人はひどい目にあっている。

基本は相手にしてはいけないし、相手にする人がいても、そのことはスルーすべきだったのです。リークされる方は、やがてその人ですら裏切られる可能性すらある。それくらい彼らの言動は信頼できない。彼らが燃え上がるのは、相手をされるから。そして自分たちの正義で人を切る時、ハイテンションになる。麻薬中毒みたいなものです。ドーパミンが出まくっている。

そしてそれは、相手が今まで自分のことを評価してくれた人だって関係ない。ナオさんの時もそうだし、私の時もそう(最初は、気持ち悪いくらい猫撫で声の高評価でした)。だから相手にしないことが重要。

また彼らを、客観的な人として相手にしている人がいても、そのことはほうっておく(ナオさんのまとめリンクの時の私みたいな対応です、いくら言っても自分がならないとよく理解できないんです)。

もしも、オフ会の課題があるならば、そんな無関係のトラブルメーカーを入れず、別の場で議論すべき。彼らに議論の輪に入れてはならない。だって彼らは関係ないし責任もない。しかもどう贔屓目に見ても悪い実績しかない。責任を負った人が、責任の元、相互ですべきなのです。

また、もし彼らの文章で傷つくなら、読者をやめる、コミュニケーションを拒否する、無視する、絶対に読まないことが必要。それだけ彼らの言葉は毒です。今まで何人も屠っており、退会にまで追い込んでいる。パパさん時代からそのようです。

彼らの土俵に乗ってはいけない、また乗らざるを得ないなら交渉を遮断する。コミュニケーションをしない。一切無視する。

情報集めのために、オフ会に身分を隠して来るかも、と思われる幹事さんもいるけど、多分来ない。彼らは非常に臆病です。強気も臆病の裏返しに過ぎない。だから彼らを、確認するために会おうとする必要もない。だって会おうというと、相手が飲めない高いハードルを条件にする。ヘタレなんです、会う気なんてさらさらない。本当に会えるなら条件抜きで話せるはず。

しかし、私個人は彼らを無視しません。やりとりするのも大丈夫。何せあのレベルは、何度もやりあってきた類型の下から数えた方が早い、一つに過ぎない。そういった意味では三下。もっと悪賢くて悪辣な人はいくらでもいます。何度も正面からやりあってきました。それは別にJWだけでなく、一般の世界でも。

だから、毒への耐性は他の方より幾分高い。免疫がかなりあると思う。何せ、セクハラを行う地域大会で講演までする大長老、巡回区の長老全てと巡回監督、日本支部にまで敵視されたこともある。そしてそれらをはねのけるだけの肝はある。それに比べれば、何処の馬の骨ともわからない彼らのしょぼい戯言なんて、カエルの面にションベンみたいなもの。(と思ったら別の方から、非常に危険だから秋本さんでも、注意するようにと釘を刺されました。ありがとうございます、注意します)

そうでない免疫を持たない人は、基本無視した方が良い。彼らの言葉を真に受けても、傷つくなら読んでもいけない。それを排斥されたと騒ぐのであれば騒がせておけば良い。自業自得です。これ以上、退会者やオフ会の幹事を辞退される人が続出しないための苦肉です。

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オフ会裏情報を書く人たちへの対応

もう2、3年はオフ会議論のことは書かない予定だったのですが、アメブロの退会者の続出や幹事たちへの攻撃がどんどん広がっていること、シンさんたちの方法がだんだん常軌を逸している度合いがひどくなってきていることから、前言撤回みたいになりました。

まずはお詫びですね。オフ会をしていただいたり、参加していただいた方に、このような事態になったことをお詫びします。アメブロを退会された方も本当に申し訳ない。皆様には責任はありません。責任があったとしても、ここまで酷いことをされたり、傷つけられるいわれはないと思います。非常に残念です。

シンさんのオフ会攻撃は多岐に渡るようで私は全部把握していませんが、次から次へと行っているようです。昼ブタ、なぜか無関係の私、芋煮会、カメラマンの方、埼玉オフ会、横浜オフ会・・・。多分情報が入れば、今度はその人たちも攻撃にさらされるでしょう。どんどん追加されていってまるで自警団のよう。

今は昼ブタメインみたいですが、新たな攻撃の材料を見つけて、得意満面に裏情報なるものを流布、関係者を退会に追い込んでいます。

私は基本、他人の争いには関わらない、あっしには何の関係もないことでござんせん、ってタイプで絡まれてもおそらくガン無視しますが、無視されない、あるいは積極的にコミュニケーションをとる方もおられるようです。もちろんそれはその人の判断で、ああせい、こうせいは、言えませんが、多分それは問題を拡大し、やがてその方も酷い目にあう可能性が高い。

なぜって?現にそうなっているからです。これほど雄弁な証拠はない。

まず、オフ会は幹事や出席者の双方の信頼によってなりたっている。当たり前だが、トラブルが起きた時、その当事者がやりとりすべき。それをトラブルメーカーの第三者にリークすることはとても賢明ではない。

そしてリーク情報をネットに載せる行為は道義的に見れば信義違反です。私のオフ会でもありますが、出席したことさえ隠してほしいと言う方もおられます。だから、脱会して微妙な立場の方たちが参加するオフ会の情報は、高度に管理して、簡単に出すべきではない。もし出す必要があっても慎重にです。ましてやオフ会を攻撃することを生き甲斐にされている、異常な人たちに晒すことは、結局全体を壊すことになります。もちろんそれでも構わないと言う、やけな気持ちや怒りの感情があるのはわかりますが、まずは冷静に。結果はさらに最悪にしかならない。

彼らが、なぜそこまでできるかと言うと、皆が相手をするからです。基本はただのかまってちゃん。オフ会を良くすることなんてさらさら思ってもいない。彼らのブログを読むとわかります。自己中心的でやや汚い言い方をすれば、下品で不快な内容。およそ、人々の間できちんと調整する能力を持ち合わせていないことがわかります。もちろんそれはそのような背景や理由があることは一定の同情はしますが。

もう彼らは今舞い上がっています。オフ会批判で注目され、悲劇のヒーローとヒロイン気取り、ボニーアンドクライド、ジャンヌ・ダルクとロビン・フッドのように感じておられる。そう思わせたのは、相手をしてしまった我々です、人を見る目がなかったから。

「 彼ら​の​こと​は​ほっ​て​おき​なさい。彼ら​は​盲目​の​案内​人​な​の​です。それで,盲人​が​盲人​を​案内​する​なら,二​人​と​も​穴​に​落ち込む​の​です」

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町田オフ会参加表明者の皆様

詳細のほうをお送りさせていただきました。

届いていない方はおっしゃってください。

また、前日くらいまでは、申込みできます。ゴールデンウィークの最後ですので、参加してみたい方は、ご検討ください。

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ゴールデンウィーク町田オフ会

日時:5月6日 18時

場所:町田

費用:四千円くらい

早めに来て、と申しておりましたが、少し用事が入りました。18時に行きます。

<申込先>

アメブロメッセージ、もしくは、下記メールアドレスへ
electric_warrior@nifty.com

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April 23, 2018

カオスな世界(オフ会議論に対する考えは多分これで終わりのはず・・・)

ふう、だいたいオフ会の争いについて書きたいことは書けました。参考にされる方はしてほしいし、まあムカつくと言う人もいると思います。それも仕方ない、考えが違いますからね、それぞれ。

私の世界観って基本カオスです。誰が何を考えどのように行動するか予想しがたい。混沌とした状態を前提にしています。

だから、こう考えているに違いないと言う前提をあまりとりません。むしろこのようには考えていないだろうと言う場所から類推して足場を築いてから、ですね。地雷の撤去作業に似ています。地雷はここにあるとは考えず、ここは絶対にないというところをまず探して、全体のマッピングしていくという。

そういった目隠しの手探りだからこそ、論理が有効になるわけで。ただし論理的な議論が苦手な人は読まない、曲解や誤解をする。ストレートに結論を出す方や感情的に決めつける方は理解が難しいのはあります。そもそも変化球と見せ球の連続ですから仕方ないですね。まあ、よくあることです。

また人を見る際も、その人の発言の内容ではなく、その背後にある世界観、方向性、何に喜び、何に怒っているのか、その感情の機微を見ようとしています。そうすることによって、それら発言の動機の根源について考えたりします。

前にも書きましたが、私にとってオフ会の罵倒や排除などの議論は、はっきり言うとどうでもいい話です。そこに、多くの人が巻き込まれることも、あそこまでエネルギーをかける価値もない。個人間の争いなら個人間で解決すべきで、具体的な事情や両者の言い分を客観的に見れない、信頼されてもおらず、冷静でもない他者が、あれこれ感情的な指図をすべきでない。それくらいです。

ただし、そのエネルギーの元には色々な問題の根本。相手を支配(コントロール)しようとする動機、自己顕示、敵味方で見る二項対立の世界観、自分だけが絶対正しいという自己中心性、他者への権利を侵害することを何とも思わない低い道徳性などが隠れていて、あぶり出されたのかもしれない。

オフ会が薪と藁で火種と油を持っている人には脆い。その危機管理の必要性について、はっきりさせたのでしょう。

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シンさんたちの悪魔の憑依に関する記事について

「シンとのりぽを障がい者として馬鹿にしている記事がある」

とのりぽさんが書かれているようですが、誤解ですね。そんな気はありません。雑魚と考えられて結構ですよ。

のりぽさんのことを馬鹿にしていませんし、そもそも障害者扱いではなく、シンさんの記事にあったようにDID(解離性同一性障害)と仮定すればですね。書いてあることを、そのまま真に受ければです。そして真に受ければやはり心配になりますね。大阪のお節介なおばちゃんほどではないですが。

ただし、本当にDIDかはわかりません。専門家でもないし。私が思うには、DIDの症状として憑依しているなら、素人宗教家の解釈で、それを悪魔や天使のせいにして対応することは、大丈夫なのかなと感じています。本当にDIDならきちんと専門家に見てもらったほうが良い。

その視点で、改めて悪魔や天使とのやりとりを見させていただきました。もちろん私は心理学を学んでいますから、それらを霊的なものとは見ません。仮にDIDなら、と言う前提で別の人格が作られたと考えます。

神や天使、悪魔が憑依する事例は結構ありますが、それらは心理学的な解釈では、霊的なものと考えません。心理学や精神医学では色々な原因があるようです。DIDもその一つ。

私はシンさんの、憑依への対応については、色々考えさせられます。それを霊的、あるいは宗教的な解釈で対応しておられるようですので。もちろん、そこからは信仰ですから、部外者がなんとも言えませんが、正しい治療を受ける機会を逃すことにはならないか気になります。狐憑きを追い出すため、宗教家が何度も叩いて相手を殺してしまった事例もあります。精神的な障害に、宗教的な解釈だけで行うことの怖さです。

特に懲罰期間は、生活に支障が出なかったそうですから、良かったですが、実生活に支障が出たり、包丁悪魔など、実際に危害に遭ったり、事故に遭う危険も心配。専門家に相談できれば良いのですが。もちろんされているのなら、余計な気のまわしすぎです。

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April 22, 2018

責任論について

仕切り直しです。

12章の予定が17章にも膨らんでいる。

一つは責任の状況について、増やす必要ができたこと。

「責任を減免する場合」と「責任を忌避する場合」について論述していましたが、プラス「責任があいまいな場合」と「責任が加重な場合」を追加しました。特に過重な責任は多くの問題の元凶になりうる、過労死などもその延長線上で考えています。

もう一つは責任のフェーズごとの説明の強化。さらに責任が感情とかなり結びついていることは、えーっとだいぶ前に書きましたね。この感情と責任の関係について章を分けて詳述しています。

さらにフェーズでは、哲学もしくは倫理学の中で責任の説明で使われる、予見的責任(prospective responsibility)と遡及的責任(retrospective responsibility)についてさらに掘り下げる作業を行っています。

予見的責任、私の言い方で言えば「行為前の予測段階」、さらに「行為中の責任」、さらに遡及的責任、私の言い方で言えば「結果への対応」、この三つを分解してそれぞれを深く考察しています。

またインターネット上の責任についても紙幅を割いています。無責任な発言が横行する背景などですね。

インターネット黎明期は「ネチズン(ネット+シチズン(市民))と言って、各自が主体的に市民として責任ある行動をするユートピア的な仮想世界が想像されていて、現代の殺伐とした炎上とか、ヘイト表現とかフェイクニュースとか、ネット苛めとか想像していませんでした。その理由についてもちょびっと踏み込む予定。


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どうしたら仲良くできますか?

仲良きことは麗しきこと、まあそうですが、それが困難な時はあります。

そこをどう乗り越えるか、我々一人一人の知恵の見せ所ではないかと思います。

①特別に攻撃的な人々が混乱をもたらす場合

バトルロワイヤルと銘打ってブログを書かれたり、無理な要求をしたり、人格攻撃をしたりする人たち。

もしかするとその指摘の中に、理がある場合もあるかもしれない、でもその理以上に、多くの混乱と怒りを引き起こす。

今回の場合は私はかなり特殊と考えています。先に書いたように、解離性同一性障害を抱えた夫婦がおそらく繋がりを持ちたくてされておられると思う。

ただ、そのやり方は間違っている。私は彼らには助けや理解は必要だと思います。しかし過剰な肥大する要求には応じられない。そこらへんは距離を保つことと一定の抑制的な対応しかできないと思います。大人の対応です。

また、一般の普通の人と同じ扱いかたでは難しい。彼らはそれを攻撃や排除と誤解する。どんどんエスカレートするのは、今までの行動からわかりました。その背景を理解しつつ、毅然とすべきところは毅然と拒否する。それは翻って彼らのためにもなると思います。

共存するためには、一定の距離感と節度、また答えてはならない時にはスルーする勇気も必要。でも彼らを否定してはいけない。彼らも苦しんでいるからです。

②相互不信に対して

このことによって分断された感情もあるかと思います。水に流すと言うわけにはいかないでしょうが、どこかで落ち着く必要はあると思います。

ここまで混乱するとは思ってもみませんでしたし、お互いが疑心暗鬼になるのは不幸なことです。

まずどこかで歩み寄ることは必要かもしれません。

③今後の進展に関して

そして顔を上げて前を向きましょう。悪いことがあればいいこともある。

私の考えでは、元JWのコミニティが大きくなり、その必要が出てくれば組織化や、よりシステム的になってくる。そうすると一定の透明性の確保は必要になる。

現時点ではそこまでは必要ではないですが。それを事前に考察することもできるでしょう。現状は有志が個別に自己責任で行なっているだけですから、そこまで負わせることは酷です。

人々が自分の問題を安心して吐露できる環境を作ろうと今までオフ会の企画をなさった方々には深い謝意を表明します。それがなければこう言った問題にすらならなかったからです。

もちろん、それはパーフェクトでもなければ不満がないわけではないでしょう。でもそれを行なったことそのものを高く評価したい。

それを今後どう繋げていくか、より良くするかはまた参加する方達にもあります。また参加されない外部に対してもどのようなコミュニケーションをすべきか、それが双方の利益にかなうものにできる設計は何か。一緒に考えていければと思います。

残念ながら混乱をもたらす人が、その中に入ることはできません。もし入りたいなら最低限の責任を担う必要がある。口は出すが何もしないと言うのは許されないでしょうね。参考意見として聞く程度が限界です。それ以上を許し、無責任なのに自分たちが中心であるかのように振舞わせてはいけません。

彼らには別の援助や理解が必要です。そこに集中していただく方が良い。そこで抱えた問題のはけ口として利用されてはいけません。

今後はそう言った問題が発生することも予想されます。今回の対応は、我々が学習するチャンスだったのかもしれない。その失敗からも多くは学べます。成功から学べることは少ないが、失敗から学べることは大きい。

今後の発展のための必要な試練と考えることもできるでしょうね。

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シンさんの協力者を探すこと

私はそう言ったことがあったことかどうか知りませんが、そう言ったことはすべきでないと考えます。

その彼らの主張する協力者?の言っていることは読む限り、問題の指摘でなく感想と憶測だけな気がします。それを過大にして騒ぎ立てているのはシンさんたちです。

感想と憶測で、ネガティブなことを言う権利は出席者にはあると思う。それが的外れでも。私も的外れな感想で被害を受けましたが、それをシンさんに言った方を責める気はさらさらない。まあ、そう受け止めちゃった人もいるよね、程度。

問題はそれを被害者であるように語って、大げさに大騒ぎしている彼らであって、大したことも言っていない、よくよく読めば協力者にもなっていない人ではないと思う。

もし仮に被害者がいるならば、幹事たちとの中間に立って、問題を解決することは、シンさんには荷が重すぎる。出過ぎたマネなのです。私も何度もしていますが、それは非常に繊細で緻密。ものすごく気を使う作業になり、また出過ぎないように常に自己抑制が求められる。密告奨励で相手の人格攻撃をする人にできることではない。

相談内容を絶対に口外しませんし、ましてやそれを使って公の攻撃に使う材料になどしません。そんなことをすれば、双方の信頼がガタガタになる。

故にシンさんの協力者を探すことはする必要もないし、してはいけない。意味がないし、それでお互いが疑心暗鬼になることは、それこそ彼らの思うツボです。

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オフ会自警団(ゲシュタポ)の横暴を許容すべきでない理由

さてここからは、シンさんとシンさんにシンパシーを感じる方にかなり厳しい話をします。

オフ会の価格、内部の道徳、トラブル、写真の撮影などに対して被害者の代弁者という錦の御旗の元にやった行動の数々、まるでオフ会の自警団のような行動は非常に危険です。

それは被害者を守るというより、むしろ被害者を新たに生み出しているからです。プラスマイナスでいえば、圧倒的にマイナスにしかなっていない。

おそらく適正な価格になっても、何らかの瑕疵を見つけ、そこに被害者がいると騒ぎ立てることでしょう。

そして、横方向にどんどん拡大している。昼ブタ、芋煮会、私なんか全く関係ないのに絡まれる、写真もそうですね。

オフ会道徳自警団、あるいはオフ会ゲシュタポと言ってもいい。密告を推奨し、密告に基づいて、誰かを断罪する行為。これは間違っています。正しいわけがない。

もちろん、それをする理由はおそらく病的なものと推察します。そのことには多少の同情はあります。それは先に述べた通りです。

しかし、それを許せば、今までの信頼の基盤、様々なものか壊れていきます。現に多くが壊れ、その壊れたものをなんとか回復しようと心ある人たちは、オフ会ゲシュタポの尻ぬぐいをする羽目になっているのです。

ゲシュタポがオフ会のルールを勝手に決め、なんの責任も負うこともなく、自分たちのルールを押し付ける行為を許容すべきと思えません。それは、他のオフ会を含めたオフ会全体を萎縮させることになり、それこそゲシュタポの目を気にして細部まで粗探しされないようにせざるを得なくなる。

彼らは責任を全く負っていないし、負うつもりもない。要求だけする、相手が人が良いのをいいことに。しかも名誉毀損のなりかねないことまでして、それこそ無責任な行為です。

彼らはオフ会に参加しないと公言しているのですから、口を出すべきでないし、自分たちがルールであるかのように振舞うべきでもないし、振舞わせるべきでもない。それを許容してしまえば、責任を取らない混沌(ゲシュタポ側)か、責任でもないものを責任と過剰に反応する萎縮(オフ会主催者側)しか生まれません。

少なくともオフ会の幹事の方々は責任を持って行っているのです。それを批難されるいわれはない。責任を何もとってもいない者が高みから、ただ又聴きの伝聞を根拠に言うべきでもない。

私は彼らがオフ会に対して良い提案ができるとは思いません。そうしたこともないし、そういった動機でもない。ただ注目を浴びたい、相手をしてほしいというだけです。無責任なのです。

無責任な、またある意味で自分たちのうちに問題を抱えている彼らを、オフ会の規制をかける根拠とすべきではない。念書とか領収書など見せて、他のオフ会にも、その査察活動が波及し、あるいは別のトラブルにも口を挟み、結果信頼の破壊活動をし、全体が萎縮したら、それこそ元も子もない。そんなことは許されません。

無責任極まりない行為は、もはや自分でコントロールできない麻薬のようになっているのかも知れません。でも、萎縮するような行為は許容できない。拒否すべきです。

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オフ会の価格に対する平衡の取れた見方

すみません言い過ぎですね。別にそんな平衡取れてません。

あくまで私見程度ですので。

さて前回は議論の中心となったお二方について、そして今回は現在議論の中心となっている課題。私個人はどうでも良いと思っているのですが、全く考えがないわけではない。そこらへんですね。

オフ会の価格はいろいろな考えがあって、どれが正しいとは言い切れないところがあります。

例えば私のところ、割り勘。これの悪いところは、結局少人数でしか対応できない。途中で帰ったりとか辻褄が合わない。また、金額が最後まで決まらない。私なんか酔っ払っての計算で、いつも参加者に助けられる、すみません。

でもフェアだと思うでしょう?そうでもありません。飲まない人は?少食の人は?途中からの参加者は?お子さんがいたら?厳密にいうとフェアでない。本当は食べたり飲んだらカウント、飲み放題は飲む人だけ。その分だけ請求が筋。

ところがまあ幹事をする人はわかるけど、飲み放題に飲まない人の料金を追加できない。そんなことを皆さんされない、コースが頼めずかえって高くつく。つまり現実にはそんなこと不可能です。

まあ極論でしたが、フェアばかり強調するとそうなりかねない。どこまで許容できるかですね。それは最終的には幹事が決めること。

もう一つは事前にキリのいい数字での徴収。これが多いのかな、私はやったことがないのでなんともですが。大人数だとこれしかできないかもしれない。つまり私のところは参加者が多いことがまずないってだけですが。

この価格も考え方が二つあるかな。一つは原価からの積み上げ。シンさんの主張ですね。彼の積み上げ方は非常に荒っぽくて、少なくとも実務をやったことがある人間からするとありえないんですが、多分それより上になる。他の経費も全く見ていないしね。

もう一つは、これは私の考えですが、需要と供給の交点でバランスしたところが適正。これはミクロ経済学とか価格理論の考え方ですが。

私からすると、多くの需要があれば、その価格は適正。なぜかと言えば、高すぎるのであればそれは払わない。払うということは、おそらく払っても良いという範囲の金額なのだろうと。効用の範囲という。

そうすると、高すぎと感じる参加者もいると言われる。おそらくそうでしょうね。それに対する私の考えはこう。仮に千人くらいの参加者に内容と金額が見合っているかとアンケートをとってプロットすると最頻値が適正と感じているところが適正。

ただしやはり安すぎるとか高すぎるとかの方もいるでしょう。その両端の数パーセントは一定の確率で発生する。もし適正でなければこれが不満の方が多くなる。そして参加者は減っていき、また適正価格にせざるを得なくなる。

まあ、人文社会学分野でありがちな考えですけど。積み上げ式は全く考慮しませんね。オフ会にそれが必要な性質の集まりとは思っていない。もちろんそう捉えて、されることは構わないのですが。

でも透明性がないのではという意見。それも違う、そもそも透明性がそんなに必要かということです。そこまで信頼できないなら参加しない選択肢もあるのですし、なぜ積み上げと収支のバランスをとらなければいけないかわからない。また、主催者が利益をとってはいけないが、損失はかぶるべきというのは変。とったらぼったくりと批判するのはおかしい。損失が出たときには何も言わないのに。

私からいうと利益は出すべき。その利益の考えは幹事による。またそれを報告する義務もない。税務署じゃあるまいし。それは万が一の場合の急に発生した損失のバッファになる。割り勘ではそのリスクを分散しますが、人数が少ないからできるだけで、人数が多いとできない。それを幹事に負わせてよいわけではない。

それを無関係の外野は批判すべきではない。そんな権限もないし念書を書けとは何様だと思う。逆に念書も会計も見せてはいけない。関係ない人が見ることを許すと、他のオフ会にも波及し収拾がつかなくなります。オフ会全体の財務調査をする自警的な調査を許せばオフ会全体が萎縮する。その方が被害が大きい。

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April 21, 2018

シンさん、のりぽさんについて考えたこと

少しシンさんのブログは読ませていただきました。

のりぽさんに憑依されるという、ブログではDIDつまり解離性同一性障害と言われている。

これでなんとなく合点がいきました。いわゆる多重人格というのですね。そういう診断を受けられたのでしょう。

これは自己同一性が、本人の意思と関係なく保てなくなる障害で、一説では幼い頃の強度な精神的外傷から自分を守るために起きるという。

読む限りでは、相当な精神的な外傷を受けられたように思えます。それは本当に辛くて残酷なことだったのだろうと感じます。多分我々の想像を超えているのかもしれない。

そう考えると天使や悪魔とのやりとり。それらはすべて事実だと思う。そういった障害の症状はまさにそういったものだからです。

多分、あくまでも想像に過ぎませんが、そういった障害との生活は大変なことと思う。ご本人もまた家族も。

さらに家族の支援といっても、シンさんが一人で抱え込んでいるようにも思う。ある意味、シンさんのこの天使や悪魔とのやりとりは、私流の解釈では、そういった障害と正面から付き合おうとする必死な姿、のリぽさんをなんとか正面から理解しようとする、彼なりの愛なのかもしれない。

こう考えると私はいろいろ見方を変えました。なぜ彼らは人と仲良くしようとしないのか。攻撃的なのか。相手を傷つけるのか。それはもしかすると、それ以上に彼らが傷ついているのかもしれない。彼らの人生のどこかで、ものすごく残酷な目にあっているからかもしれない。

私的にオフ会論争は収束しているというのは、そのことをなんとなく感じたからです。本質はオフ会にあるのではないのではないか。そう感じています。

彼らにとってリアルは彼らの間で起きている事柄、その憑依とか、人格障害の出る瞬間なのでしょう。オフ会はあくまで想像上の出来事に過ぎません。なぜと言えば彼らは参加したことすらない。

必死になってオフ会に傷つけられた被害者と彼らがいうものを守ろうというのも、彼ら自身が深く傷ついていることを彼らなりに示している気がします。

こういった感じです。

のりぽさんが過去のどこかの時点で深い精神的外傷を受けるほどの経験をした→

その時に起きた人格障害が出てシンさんを懲罰と言えるほど苦しめる→

シンさんがブログでオフ会を攻撃する。

抑圧された怒りと憎しみと悲しみを吐き出す攻撃の連鎖が起きているのではないかと。その終着点がオフ会の主催者なのです。その主催者はあくまで市井の小市民にもかかわらず、まるで大逆人のように見る。

シンさんも、多分その障害に対応するための支援がなく、一人で孤独に、そして独自の視点で向き合っておられる。それはそれらに対応するための知識とか、方法論なしでなのかもしれない。

のりぽさんは、のりぽさんで、その悪魔という抑圧されたネガティブな人格をなんとかしたい。天使候補生というのは、その表現かもしれない。二人の戦いは本当に大変なのに、誰も理解しないし、できない。

そのような中、オフ会は彼らの過去に受けた仕打ちを見出す仮想現実なのかもしれない。そこにそれを感じるからこそ、あれだけ厳しく残酷になれる。また、そうでしか、ネットワークにつながれない、でもなんとかつながりたい、あるいは人々に表現できない、切迫詰まった状況とも考えられる。

こう見ると、彼らの表現も私は全く腹が立たなくなりました。彼らの現実は、彼らの表現する残酷な言葉より辛いのだろうなと。もちろんそれで人を傷つけることをさせてはいけないのですが、まずなぜ人を傷つけるのかを理解することが、私には彼らを理解する第一歩のような気はします。

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April 20, 2018

オフ会論争と現在の萎縮状態について

全然収束になってませんね。むしろドンドン悪化しています。恐れていたことですね。これでは萎縮してしまうではなく、すでに萎縮している。

なので、不肖私めが、まあなんともならないかもしれないけど、なんとかするよう無駄なあがきをさせていただきます。

まず、オフ会論争について私がどう思っているか?

いやどうでも良いと思っています。というか興味ない。だから何?という。

価格については別建てで書くとして、そもそもそんなに重要な議論か?という感じです。

オフ会は手段の一つに過ぎない、それ以上でもそれ以下でもない。あくまで私見ですけど。

それにある人たちが追い詰められたり、激昂したり、なんかトラブったり。うーん、何が楽しいの?そんな感じ。

ごめんなさい、そこまで鈍感で良くわからないんです。そこにエネルギーかける価値あるの?もう少しマシな事がいくらでもできる。

あと、やはり一線を越えるのやエスカレートさせる行為はまずいですね。それをやろうとする自分を抑えられるか、自己抑制ができるのか。そこが問題なんでしょう。

それができてないからこそドンドン悪化する。でも悪化しても誰も幸せにしない。みんな不幸。全員負けlose loseの関係になるだけで。ちょっと自制すればwin winになれるのにそうしない。でもなぜそうなるのか?そこに問題の核心があるのかな。これは自省も込めてです。皆を責めてるわけではありません。

一応目標!(こっちの勝手な目標です、くだらないと思う人はご笑殺ください)

①和解できそうな方達は、ぜひ和解してもらう。

別に無理やり握手させるわけではありません。なんとなく仲直りできる雰囲気を作るのに心を砕く程度。

②それでも暴れたい方はまあ、とりあえずじっくり話を聞く。

基本、私は面倒なんで、人のことに手出ししないタイプですので、あれですが、今回は特別です。それで済むなら聞きます。まあ、すでに信頼が壊れておられる方は無理と思いますが、とりあえず誰でも良いです。門戸はフルオープンにします。ただし裁定者にはなりません。前にも言ったように、和解が目的。とりあえずぶちまけたい不満は一旦全部出せるものは出す。もちろん和解しない選択肢も尊重します。

で、別建てで、次の記事で私のそれぞれの考えを述べます。

①シンさんのりぽさんについて

お二方は、ビビられると思うんで、そんなひどいことは書きません、安心してください(お前は、とにかく明るい安村、か)

②オフ会の価格について

経済学的視点も織り交ぜながら。

③どうしたら仲良くできますか?

最後は幼稚園児みたいで涙が出てきた・・・。

以上書きますから、乞うご意見。

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April 19, 2018

カミさんとの柔らかな激論

告知がどんどん下にいくので冒頭に告知

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ゴールデンウィーク町田オフ会

日時:5月6日 18時

場所:町田

費用:四千円くらい

晴れていれば14時くらいには町田にいます、近くの公園や美術館をご案内できます。雨天は16時に喫茶店で物書きをしています。早めにお付きの方はご連絡ください。

<申込先>

アメブロメッセージ、もしくは、下記メールアドレスへ
electric_warrior@nifty.com

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夫婦の会話。

「あのさ、音姫ってあるじゃん。教員時代に女子トイレでタバコ吸う奴がいてトイレが詰まって水浸しになることもあったから、生徒が帰ったあと見回りで女子トイレに初めて入ったら、謎の機器が設置してあって驚いたんだけど、今でもなぜ必要なのかわからない」

「え?だって出してる音、絶対に聞かれたくないじゃない。そんなの死ぬほど恥ずかしい」

「男なんて、音が聞こえるどころか、隣でやってるのが見えてるよ。終わった後にお尻がプルプル震えているのさえわかる」

「本当にそれがわからない、あとトイレでしながら話すのも理解できない、出しながら会話なんて絶対無理」

「え?だって知り合いが隣にいて、無言って方が逆に気まずい・・・」

ううう、なんて不毛な会話。

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人生は野菜スープ

告知がどんどん下にいくので冒頭に告知

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ゴールデンウィーク町田オフ会

日時:5月6日 18時

場所:町田

費用:四千円くらい

晴れていれば14時くらいには町田にいます、近くの公園や美術館をご案内できます。雨天は16時に喫茶店で物書きをしています。早めにお付きの方はご連絡ください。

<申込先>

アメブロメッセージ、もしくは、下記メールアドレスへ
electric_warrior@nifty.com

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人生の悩みとか他の人とのいざこざとか、私の勝手な意見ですが、9割はまあどうでもいいような話で。時間が経つと、JWのことすらその範疇に入っちゃう。

JWの悩みの話を聞く時に、自分の過去の記憶からよっこらしょとホコリをかぶったのを取り出すんですが、まあ、そうだったけかなと思うことも多くて。

ただ何十年経っても悩みが固定化されておられる方もおられます。どう違うのかなと考えてまして、やはり環境と行動かなと。

社会的にそこそこな場所にいて、結構忙しく、色々な方に信頼もされ、また世の中のいろんな課題にも首を突っ込んで・・・なんてやってると、そっちの方で考えることが圧倒的に多く、翻ってJWのことを見ると局所的矮小に(つまりちっちゃく)見えることが多い。

それと私の場合は、やめた直後に同じやめた二世の友人たちと毎週のような議論、元JWの方を支援したいと沢山の方々の話を聞かせていただきました。それら問題で一緒に悩んだりするとドンドンその解決方法のレパートリーが増え、パターンも見えてきたり。他の方たちが人生で一回悩むことを何十回、何百回とリピートしながら、一緒に頭を悩まさせていただいたことが大きいですね。経験値が増えるというか、少々のことでは、動揺しない。それだけ引き出しのようなものが増えていったことがあります。

それら引き出しを、JWの特殊な出来事としないのが私のやり方で、それは条件によってどの社会でも共同体でも個人でも起きうること、そのための細かな分解、分析みたいなこともしていて、それらを外部で使えるように一般化する。外部でも使えるようにしていくという方向になっているのが強みですかね。

だから、マインドコントロールという考えにも異を唱えられるだけのものがあるわけで。あれは使えないし、とても正当性がないと思っていることは、知っておられる方は知っていますね。バズワードの類で、わかって使っている人などほんのわずか。わかろうとすると不備が多すぎ。研究者からいうと怒られそうですが、自分は誰が相手でもエビデンスの不備や論理が破綻していることは受け入れない。JWでもJW以外でも同じ、一貫しています。

比較対象とそれを分析する手段、それらを広範囲で持つことによって、本質からズレていることはいちいち悩まない。悩んでもしようがないことは、考えもしない、適当に流す。だからよく言われます、秋本さんは本当に適当なんですね、と。おっしゃる通り返す言葉もございません。

もちろん悩んでいることを否定することもないです、それはそれで大切。ただ、同じことでぐるぐると悩むことがデフォルトになるとあまりよろしくないかな。そのループから出るための、何というかな気軽な考え方ってあると思うんですね。人生をもっと気安い、リラックスした場所にするうまいやり方みたいな。

ただ、それって元JWだけでなく、およそ多くの他の一般的な人の問題でもあるってことは知っておいた方が良いと思う。それを解決しようと取り組んだ経験値ってのは、そういったところに役立つと思うんですが。

人は小さなことでくよくよしてしまうもの、でもそれが人間らしいし、人生の甘さと酸いと苦味とコクなんだとね。

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April 17, 2018

元JW同士がトラブルになる場合

告知がどんどん下にいくので冒頭に告知

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ゴールデンウィーク町田オフ会

日時:5月6日 18時

場所:町田

費用:四千円くらい

晴れていれば14時くらいには町田にいます、近くの公園や美術館をご案内できます。雨天は16時に喫茶店で物書きをしています。早めにお付きの方はご連絡ください。

<申込先>

アメブロメッセージ、もしくは、下記メールアドレスへ
electric_warrior@nifty.com

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オフ会を含め直接元JWが交流すると、まれにトラブルが起きることがあります。その多くは、私が把握する範囲では、出会った個人間で発生するものです。

もちろんトラブルが発生することそのものは悪いことではなく、なんでもそうですが、トラブルを恐れてなにもしてはいけないというのは、事故を恐れて車を使ってはいけないというような極端なものです。もちろん車を使わないのも個人の自由なのですが。

ただ起きたことから、ある程度傾向は知ることができます。

①距離感
オフ会などに参加されると今までと世界観が変わる、自分の話を阿吽(あうん)で理解してくれる人に初めて会えるので舞い上がってしまうこともあります。そのことそのものは、悪いことではなく、当人にも良いきっかけとなります。

しかし、その勢いで距離感が掴めなくなることもあります。毎日、個人に連絡してしまったり、高い頻度でやり取りをしようとされたり。双方がそれで良ければ良いのですが、これはトラブルが起きやすい。相手が最初は良くても徐々に嫌気がさしたり、あるいは生活に支障が出たり、また感情的な行き違いで喧嘩になったり。相手との適正な距離感が見えなくなっているのかもしれません。

「あなた​の​仲間​の​者​の​家​に​足​を​運ぶ​の​を​まれ​に​せよ。あなた​に​飽き​が​来​て,あなた​を​憎む​よう​に​なら​ない​ため​で​ある。」箴言25:17

②相手と自分との境界線
今までずっと否定されていたり、あるいは隠していたりしていたことを受け入れてくれる経験。自分のことを全部受け入れてもらえるんだ、がさらに発展しすぎて、自分の思っていることは彼らもそう思っている。わかってくれるはず。なぜわからないんだ!という怒りに変わることもあります。

同じ元JWでも、それぞれ経験も性格も考え方も違います。誰一人同じ人はいない。そして、その違いは、最初は意識されないけど、徐々にはっきりしてきます。そうなると違う人たちと対立的な考えになったり、そのネガティブな感情が個人や集団に向けられることがあります。

相手との違いを認めたり、あるいはその違いがあることを楽しく思うような人にはトラブルは少ない。

③第三者の介入
「通りすがり​に​自分​に​関係​の​ない​言い争い​に​憤怒​する​者​は,犬​の​耳​を​つかむ​者​の​よう​だ。」箴言26:17

第三者が介入して個人間のトラブルをうまく解決したことは見たことがありません。

大抵どちらかの味方になり、二元論で批難に加わるのがせいぜい、トラブルを収拾のつかないところまで広げることすらあります。

また、ブログに書くネタがないからと聞いたトラブルを考えもなく書く人がいますが、それは炎上ビジネスと同じ手法になっていることに気づいていない。

もちろん私も個人間のトラブルでご相談を受けることはあります。その場合は一切他言しません。また、他方の当事者とも話さなければならないこともあります。そうすると、まあ双方に言い分があったり、食い違いがあったりで正直どこまでがそうかは第三者にはあまりわからないものです。

私はそういった問題の解決はしませんし、できません。当事者同士で解決するための考え方や方法など(あくまで前提付きで)少しはお話できますが、あくまで解決するのは当事者、彼らに代わって解決できるわけではないのです。

もちろん常識を逸脱した行為や注意事項を守られない場合は注意することもありますが、基本はそれぞれの良識に依存した、お互いの信頼関係で成り立たせているので、あまりに規制でその信頼を疑っているようにはできません。自由な雰囲気は傷たくないですね。

第三者は、トラブルが起きた場合も冷静に、自分が関わる必要がなければ関わらない、関わる必要があっても、ある程度距離と中立性を保ち、はっきりしている事実だけで、配慮しながら、しかも自分が解決できるとしゃしゃりでないことが必要なのです。

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April 16, 2018

オフ会に参加したいと思っておられる方へのアドバイス

告知がどんどん下にいくので冒頭に告知

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ゴールデンウィーク町田オフ会

日時:5月6日 18時

場所:町田

費用:四千円くらい

晴れていれば14時くらいには町田にいます、近くの公園や美術館をご案内できます。雨天は16時に喫茶店で物書きをしています。早めにお付きの方はご連絡ください。

<申込先>

アメブロメッセージ、もしくは、下記メールアドレスへ
electric_warrior@nifty.com

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オフ会に参加をしたこともない方が、筋違いのアドバイスをされてますので、一応オフ会歴二十数年の猛者から 初めて参加される方へのもう少しきちんとしたアドバイスを。ご参考になれば。

①オフ会参加は場所で選ぼう

基本は自分の行けるところが良いですね。もちろん地方でなかなか参加できないという方が旅行を兼ねてという方もおられました。

②主催者と目的

やはり主催者が何を意図しているか、各場所によって微妙に違います。私のところはあくまで参加者主体という考えですが、場所によっては交流が主体だっり、あるいは趣味的なもの、飲み会が主だったり色々です。

ただ元JWの交流という意味では、どこも似たりよったりです。条件が合えば、どこを選んでもよほどのことがない限り大丈夫でしょう。

③大きい方が良い?小さい方が良い?

あくまで私の意見ですが、あまり変わらない。大きい方がトラブルが多いなどと言う意見もありますが、それは規模の見かけ上で、100人のオフ会と十人の10箇所のオフ会と多分そんなに変わらない。

もちろん小さい方が主催者の目が行き届きやすいというメリットがあるくらいです。これも大きいところでは、良識のあるリピーターの方がフォローしたりもするので、そんなに大きな問題にはならない。

大きい方が有利なこともあります。例えば、JWをやめた知っている人に会える確率は高い。これもメリットですね。感動の再会に立ち会わせていただいたことも何度かあります。

④トラブルは多い?

参加されていない方の発言ではトラブルだらけの印象がありますが、少なくとも私の知っている範囲では、あまりない。起きないとは言いませんが、滅多に起きません。

ただ常識外の行為や主催者の注意事項を全然聞いていないとトラブルが起きやすいですね。

そのような場合、主催者もお願いを強要するわけにもいきませんから、皆さまの良識を期待することが多いと思います。

また不満があることもあります。それに対して、気づけば修正をする幹事の方もいますので遠慮なく言ってみてください。良い提案や改善につながるものであれば歓迎されると思います。

オフ会は主催者だけでなく、参加者と共同で作り上げていくものですので、それをよくする片方には参加者もいるということは、理解されると良いと思います。

⑤オフ会参加して良かったと思えるの?

私の印象では、初参加の方の9割以上が高い満足度を示されます。中には感動して帰られる方もおられますし、その後自ら企画してオフ会を開催される方もおられます。それは、直接顔を合わせて、自分の気持ちを語れる場が今までなかったからだと思いますね。そういった場としてオフ会は極めて有効です。

もちろん、2度と行かないという方もたまにはいます。私の親友はそういうタイプですね(いまでも飲みに行く仲ですがね)。でも行かないとそれもわからない。

文字情報だけのインターネットの情報の数百倍から数万倍の五感に感じるものがあるのです。つまり文字情報だけではとても語りつくせない。インターネットでも語られることは、肯定も否定も、いわば表層的なもので、実際に見ないと本当はわからない。

最後ですが、私自身、他のカルト団体の方と話をする機会に、こういったオフ会が盛り上がっていることを話すと驚かれます。それだけ元JWは、高い社会性やコミュニケーションスキル、良識を持っていると考えても良いと思います。ぜひ、オフ会をなさっておられる方はもっと自信を持っていただきたいですね。

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オフ会の写真

告知がどんどん下にいくので冒頭に告知

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ゴールデンウィーク町田オフ会

日時:5月6日 18時

場所:町田

費用:四千円くらい

晴れていれば14時くらいには町田にいます、近くの公園や美術館をご案内できます。雨天は16時に喫茶店で物書きをしています。早めにお付きの方はご連絡ください。

<申込先>

アメブロメッセージ、もしくは、下記メールアドレスへ
electric_warrior@nifty.com

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さてここに一冊のアルバムがあります。二十数年前の日本で一番最初にJW二世が企画した東京恵比寿のオフ会の写真です。懐かしい顔がそろっている。わたしの友人現在は海外で活躍している、一緒に幹事をしました。ストップオーバーというEXJWのメーリングリストのスタートアップメンバーの一人もいます。忘れてはいけないけど私のカミさんとカミさんと仲の良い友達も。ほかにも数人来られて皆が若い、そしてその後どうなるかを知らない。

いろんなオフ会で写真を撮っていただきましたが、なぜかこれだけは大切にとってある。そしてあの当時を思い出す。不思議なものです。

初めて行ったオフ会の思い出を形に残しておきたいという要望もあると思います。それは私にもすごくわかる。昼ブタオフ会で、カメラマンのようなことをされているナオさんはそういった気持ちに応えようと善意でなさっているのでしょうね。もちろん絶対に撮ってほしくない人がいることも彼は知っています。そのため、事前に撮ってほしくない人に向けてのアナウンスも、私が行ったときは主催者の方から聞いていますから、かなり良心的です。少なくとも私が承知している範囲では、かなり真面目に対応なさっている。

でも絶対に身バレしたくない人に迷惑をかけていると主張される人もいるようです。でもその人の主張はおかしい。その前の昼ぶたオフ会の批判では、身バレにつながるような具体的な情報をバンバン出して批判するのです。ダブルスタンダードの偽善そのものと思います。自分が批判するときは、参加者が身バレしてもかまわないが、自分が批判した者の身バレの危険を冒す行為はわずかでも許されない。人に重荷を負わせて自分では指一つ動かそうとしない傲慢さ。相手には完全を求め、自分には寛大である姿勢では、批判者の資格がすでにないと思います。他者に厳しいのであれば、自らがまず襟を正し厳しくあるべき。

しかも自分は元JWのオフ会の参加も企画もしたことがない。何も知らないで、一般のオフ会参加でつまらなかったことを根に持っているだけで。自分でオフ会を企画するかもしれないと言っていますが、この人が幹事をしたら他のオフ会以上に問題を抱えると思います。他のオフ会の幹事の方々は、それぞれ考え方も方法も異なり、パーフェクトではないものの、それなりに気を使っておられます。それをこの人のやり方では、それ以上のものができるとは思えないですね。

もし相手をそれだけ批難できるなら、そんなくだらない暇なことなどしている間に、自分で完璧なオフ会をされればよいと思いますよ。それが百の言葉よりも説得されることになるのでは。

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April 15, 2018

まともな批判とモンスタークレーマーのいちゃもんとの違い

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ゴールデンウィーク町田オフ会

日時:5月6日 18時

場所:町田

費用:四千円くらい

晴れていれば14時くらいには町田にいます、近くの公園や美術館をご案内できます。雨天は16時に喫茶店で物書きをしています。早めにお付きの方はご連絡ください。

<申込先>

アメブロメッセージ、もしくは、下記メールアドレスへ
electric_warrior@nifty.com

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さて、蒸し返すようですけど批判について。

オフ会への批判があったみたいですが、私は批判そのものは歓迎です。もちろん歓迎されない方もおられますから、それは色々でしょうが。

例えば、私のオフ会も、会場が狭いとか、料理が美味しくないとか言われることもありますが、次回変更ですね。そうやって批判されると少しずつよくしていくのに役立ちます。

問題はそれが本当に批判か、それともモンスタークレーマーのいちゃもんか、どう区別するかですね。

一つはエビデンスですね。これがない、もしくは推測とか思い込みの非難は批判にならない。そして、そのことに相手に不当な検証責任を課す行為をされたら完全にクロ。相手にされなくても仕方ない。

あと、多様な意見の中で自分の意見を押し付ける行為。これも批判ではない。これを批判と勘違いする人がいるけど違います。それはある程度確認できます。多様な意見の中で、自分の批判の位置をプロットして比較する。きちんとした批判は不特定多数の人が「なるほど」と納得されるものです。多くの人から反論されるなら、意見の押し付けに過ぎない可能性が高い。

さらに人格攻撃。これは批判する根拠がないときに印象で相手を貶めて、自分の批判っぽい勝手な意見を正当化しようとする常套手段です。私なんか人格攻撃を始めたら、正当な批判できないからやっているという風に解釈します。

さらに批判を超えて妨害行為。中傷も入るし、明らかな虚偽も入ります。恫喝や脅し、また個人情報の晒しなど、嫌がらせの行為。

また、かまってほしいことが前面に出ている。しつこいし、また部外者なのに首を突っ込みたがる。粘着質のストーカー行為に近ければ、これは、正直相手にしてはいけないタイプだと思います。

最後に批判の双方向性を確保しているか。確保されていない場合、自分は批判するが、人の批判は受け入れない、独善性や万能感ゆえの行為かもしれない。JWの問題の本質もここら辺ですが(似ているとかそういうレベルの低い話ではなくて、問題の原因としていずれもそうなる)謙虚さのない言動は、批判への条件を整える必要性を感じなくなるので、単なるいちゃもんになりやすい。

自己陶酔的ないちゃもん行為を、批判の大家、正義の味方と勘違いするようになると、もう末期症状で誰も止められません。本当のモンスタークレーマー誕生。でも、モンスタークレーマーも相手にされなければ意味はない。どちらの幸せのためにもお互いに相手にしない方が良いでしょうね。

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April 14, 2018

沖縄の思い出

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ゴールデンウィーク町田オフ会

日時:5月6日 18時

場所:町田

費用:四千円くらい

晴れていれば14時くらいには町田にいます、近くの公園や美術館をご案内できます。雨天は16時に喫茶店で物書きをしています。早めにお付きの方はご連絡ください。

<申込先>

アメブロメッセージ、もしくは、下記メールアドレスへ
electric_warrior@nifty.com

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さて、本論。

18歳か、19歳の頃、会衆内のベテラーが沖縄の伊波部島という離島に行って、漁師になってまして。

そんで、そこに友人と遊びに行ったんです。いろんな方とお会いしました、(「で、タイプは人妻?」って必ず聞くエロ長老とか)。本島では、確か嘉手納会衆かな、交わりまして、宮古会衆にも行ったかな。宮古では夜中の11時くらいにみんなで合唱したり、漁師の元ベテラーとダイビング三昧、モリで突いて結構大きなハリセンボンを取ったり、興奮したり、カルチャーショックで、しばらく毎日、沖縄の夢ばかり見てまして。沖縄ラブは今でもです。

あの時、別れ際にくっついて離れなかった子どもたちも、もういい年のおじさんとかお母さんとかでしょうね。懐かしいもので。伊江島出身の彼とか元気ですかね?

その後、家族を連れて伊良部の隣の下地島のコテージに泊まって、昼はエアコンかけて寝て、夕方からゴソゴソ動き回る、超地元密着型の観光旅行したりしまして(通った食堂の方が顔を覚えてくれて、頼んで無いのにワンランク上のメニューが出てきて、違うって言ったら「サービス」ってブスって言われたり、観光船に乗ったらいきなりダイビングをきのみ着のままさせてくれたり、島の観光をタクシーに頼んだら最後に自宅のサトウキビをくれたり、本当に楽しい)、当時はカーフェリーでしたが、最近橋ができて、海の上をドライブできる海外でも有名な観光名所にもなっているようで再訪したいですね。

本島には、昨年も仕事で行ってまして(ジャッキーステーキハウス初めて行きました)、また来月11日前後に那覇の方に仕事で行く予定です。地方だから厳しいかもしれませんが、お声がけいただければ、プチオフ会できるかもしれません。北海道のオフ会は聞くけど、沖縄はまだ聞いたことがないんで、よろしければ。

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April 13, 2018

ゴールデンウィーク町田オフ会再掲

ゴールデンウイーク町田オフ会再掲です。

日時:5月6日、18時

場所:町田

料金:四千円くらい(目安です、最後は割り勘になるので多分そのくらい)

また、私は14時くらいに町田に来ていますので、早くお越しいただいた方は、天気が良ければ、近くの公園とか美術館をご案内させていただきます。雨天は16時に喫茶店におります。

参加されたい方はメッセージもしくは下記アドレスへお願いします。

electric_warrior@nifty.com

また本名などは名乗られなくても結構です。ハンドルネームなどお声がけできるようにしていただければ幸いです。

折り返し詳細のご案内をお返しいたします。

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April 12, 2018

責任と感情

さて執筆している責任論の話。もうすでにJWのは全く関係なくなってますが。

責任論の視点で、責任の遂行における感情の影響についても論述しています。

例えば戦争責任。これはアマゾンで「責任」という言葉で検索すると最も多く出てくるテーマです。いかに日本人が「戦争責任」という言葉に関心を持っているか(敏感なのか)がよくわかります。

これも、感情的になりやすい責任の一つとなっています。まず、戦時の被害者の方々の癒えぬ苦しみ、怒りや悲しみ、この感情は責任問題がなかなか解決されない原因にもなりますし、一方の加害者側は誇りや自尊心が傷つけられる、羞恥心や逆ギレと自分たちの感情を守ろうとするメカニズムが働きます。朝日新聞の吉田証言訂正(慰安婦報道の訂正ではない、安倍総理さえ国際的にはお詫びに合意)への、保守論陣のヒステリックな反応もどちらかというと、論理より感情的な反応でした。その点海外メディアの方が感情的になる必要がない分、冷静でした。

先々週くらいには、朝日新聞社前で「朝日新聞の偏向報道を糺す会」という60代くらいの戦後民主主義の中での高度成長の恩恵を最も受けた、年金をもらっている人たちで構成された団体が、シュプレヒコールをあげていたので、少し話しを伺いました。面白いことに、彼らは政治的に中立な自発的な集まりと考えているとのこと。でも横断幕では「安倍総理頑張れ!」とはっきり書いてあるのですが。まあイデオロギーに偏る人は、自分たちこそ中立と考える傾向はあるのですが。

そのため、左右イデオロギーの議論(あるいは罵倒)も戦争責任関連の問題が最も激しくなります。逆にこれ以外で、そこまで感情的になることはあまりない。

コメントでゴリさんが最後通牒ゲーム(心理学の実験で片方にはお金の配分権、もう一方には両者ともお金がもらえることを放棄する権利を与えて交渉させると不公平な配分だと自分が損をしても放棄するケースが多い)をあげていましたが、我々が自分の損得より公正の方に対価を払うことを選ぶと。正義感や公正の感覚から責任を追及する感情もある。それとそれゆえに自分や自分たちをその感情や視線、謝罪や責任を取るための行動をすることへの屈辱から守るために責任を忌避したくなる、もう一方の感情、そのせめぎ合いがあるように思えます。

かといって感情なしで責任を考えるのは、それもそれで問題。機械のような冷たい扱いの責任になるのも、それは誠実な責任の扱い方とは異なる。人間は感情の動物である以上、その部分を無視することはできないのです。深い同情や感情の機微に触れることも、また責任のあり方として重要だし、その辺りがまだなかなか理解されていないところはあるかもしれません。

感情と責任のバランスは、かなり深いテーマでそれをどのように考えるべきかも、責任論の読みどころとなっています。

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April 11, 2018

感謝の気持ち

私は仕事で、心がけていることがありまして。

オフィスに行く間、ビルの掃除をする方々に挨拶すること、さらに夜勤からお帰りになるビル管理の方にすれ違ったら必ず「お疲れ様です」と声をかけるようにしています。また、業者の方に連絡するときにも、例えクレームでも、まずしていただいた仕事に謝意を示してからお話しします。

これは、社内でもほとんどの人はやらない。若い人もそこに人がいないかのように無視する。やってもらって当たり前と上から目線。

それがどういう意味があるか、元アメリカの国務長官コリン・パウエルが面白いことを言っています。

「ありがとう」と言わない人は"必ず失う"

同感ですね。相手への敬意や感謝の気持ち、またそれを表すことは、見下したり、当たり前として無視したりすることに比べて、双方が気持ちよく仕事ができるようにするベースを作ることになる。業者さんも同じように困った時は、感謝する人は出来るだけ協力して、いつもクレームで怒鳴りつけるような人は、後回しにするといいます。別に感謝はそこまで難しいことでない簡単なことですが効果は大きい。その一言があるから報われることもあるのです。

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April 10, 2018

炎上を煽る人を無視することとJWの忌避は別物

炎上を煽ったり、モンスタークレーマーや粘着系のストーカーまがいの人を無視することは、当然の権利で、それは自衛のため、また誰とコミュニケーションを取るかは個々が決めることです。

それをJWの忌避と同列に置くのはおかしい。まあJWの特殊な教理を、一般の行動と似ていると論評するのは、基準があべこべですね。あれは特殊で比較の対象になっても、基準にはなり得ない。そこら辺、逆になっておられる意見もありますので、ちょっと気になります。

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怒りの鉄拳メールなのか?

えっと面倒なんで書く気なかったんですが、今後やりとりする方がいるかもしれないので、参考まで。

どこかのプチオフ会で勧められたのが、のりぽさんという方のブログ。面白いから読んでみてと。まあ、少し読んだけど、自分の感覚とは違うんで、結局そこまでは読んでませんで。

ところが、そののりぽなる方、知らない人なのに、オフ会について批判するシンさんという人と、こっちとのメッセージのやりとりに、彼の代わりに横から口を出してきて。ああ夫婦なのね?いえ、そういったところは疎くて。

以下引用
-------------------------
先日、論客で有名な方とシンくんが短くメッセージのやり取りをしました。
その方はシンくんの「オフ会記事を書く理由」記事をお読みくださり、「オフ会論議は収束したらしい」と自ブログに書かれましたが、シンくんから「収束などしてませんがそのようにお読みになりましたか」とメッセージを受け取り(これはシンくんも悪い、からかうような表現をした点で失礼だったと思う)「アレは自分にとって終息したと言う意味だ、あなたの記事なんか二度と読みに行かないから教えてくれなくて結構だ、そんなことよりわたしはあなたの頭の中の方に関心がある、天使だの悪魔だのどうのこうの」という、完全に激昂したお返事を返してきました。
「自分にとって」って、これはあからさまに言い訳で見苦しいものです。ご自身の記事にはそんなエクスキューズはありません。そして、二度と読みに行かないのに関心があるとか矛盾だらけ、オフ会関連の話をしているのに天使がどうの悪魔がどうのって、例えば写真を載せる記事が好きな人に、あなたの書いたあの記事はおかしい(記事の一部の内容への批判)大体いつもあなたが趣味で載せてるあの写真は気持ち悪い(全く別件へのあげつらい)くらいの無関係な逸脱です。もうこうなると、お前のカアちゃんデベソくらいの低レベルさです。
JWブログ界でも有名な知識人で論客とされる人がこの猛烈なヒステリーと非論理ぶりです。
かなりがっかりしました。(シンくんがこれに返信しようとしていましたが止めさせました。どう考えても感情論の泥試合にしかならないことは明白です)
-------------------------(引用終わり)

その完全に激昂した感情的なメールというのが以下です。

(引用)
-------------------------

ご報告わざわざありがとうございます。

私の中では収束しているので、その第二弾以降は読まないと思います。お疲れ様。

むしろ、あなたの考え方に興味があります。

私はオフ会の記事よりも、その前の記事、天使とか悪魔との会話を書くところですごく奇妙さを感じていまして。私自身は心理学を大学で専攻して、あなたのような方々がいるということは、知識では知っていたけど、実際に読むのはJW二世では初めて。石原真理子のブログは読みましたが、それとは違うのかな?

まあ、そういった背景があるなら、会話が成立するのは、なかなか難しいのはよくわかりました。あなたのいう論理的というのと世間一般の論理的は多分違う。そのことそのものが悪いというわけではないですよ。でも世間はなかなか理解してくれないんじゃないのかなと。もちろん私もよくわからない。評価しようがないんです。何をしたいかさっぱり見えない、申し訳ないですが。
(以下略)

-------------------------(引用終わり)

これを完全な激昂、ヒステリーと考えられているんですかね。うーん、そう読めますか?こう解釈されるとすると、他のものもそうなのかしら。

逆かな、この夫婦(?)自身がメールに激昂してたので、そう相手も思っていると読めた。心理学でいう投影とか疑心暗鬼というものですが、まあ、そうなのかもしれません。

まあ、そういう意味ではなくて、どこまで信じていいかボーダーが見えにくいということですね。極端な話、少し辿って書かれているパパさん?が架空とすれば、シンさんも架空で演じている可能性もあるし、証言の人物も(一人、二人は実在していたとしても)実在しているか、それともそのような妄想の世界に存在している者か、あるいは今回のメールのように情報を針小棒大に言っているのかは、かなりあやふやになる。もしかすると夫婦ではなくて一人の自作自演かもしれない。ネカマとかいますし、ネナベもいるのかな。そこらへんはよくわからない。

他のオフ会関係者の方は直接お会いして、顔の見えるコミュニケーションになっているので、お互いに信頼関係があります。もちろんそれぞれ考えや、やり方も違うし、意見も異なる。オフ会の考え方や手法や目的も全部違う。昼ブタに至っては主催者は、亡くなった前任者のものを踏襲しているだけで、価格も当時とそんなに変わっておらず、そこに彼の意思はほとんど入っていない感じさえします(私個人は高く評価)。でも、そのような違いは違いで認めつつ、尊重し合える関係を、直接顔を付き合わせて構築してきたわけです。また他の方もそうだけど、私などはブログはあくまで情報発信ツールの一つでしかない。現実の方が主体。ブログの情報も二次的、三次的な補助的なものに過ぎない。そこにそこまでのこだわりはない。

一方、この方(たち)は全くどういった人かを知りません。仮想空間でしかないブログオンリーで、そこだけを活動の本拠地にしているのかもしれない。そこでメールとブログだけでコミュニケーションをとる。直接対面でコミュニケーションをとるのは、自分たちと天使と悪魔だけなのかな。ブログオンリーだと色々な意味で事実への信頼度が今ひとつ。発言への責任の自覚も乏しくなるし、顔の見えないコミュニケーションとして、ある場合より攻撃的になる。そこに、ある種の妄想も加わると・・・。

現実と脳内の世界との境界がどこまでなのか、正直あまりわからない。そこに、こういった現実の話が加わると、どこまでを根拠として見て良いかは不明確。

会ったこともない誠実な主催者を連続殺人犯のサイコパスに例えたり、行ったこともないオフ会で勝手に妄想のリベートを主張したり、悪魔と会話することも合わせて類推するのは、もしかすると現実と妄想が区別できてないのかもしれないと。頭の中で暴走していることを垂れ流しているだけでは?そこをどう評価して良いかはわからない、会話は成立しないとは、そういった意味で、趣味が違うというレベルの話でない。

でも、私はむしろ可哀想な気がしてますね。それでは、まともな人間関係を築けないし、せっかく仲良くなった人がどんどん離れてしまうんじゃないのかな。信頼の構築は時間がかかるし、忍耐や節度や自重や相手への敬意が必要ですが、壊すのは一瞬で、本人にはその時は気持ちがいいのでしょうが、あまりに刹那的。余計なお世話でしょうが、ご自身をもっと大切にされた方がよろしいかと。

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April 09, 2018

ゴールデンウィーク町田オフ会

オフ会の時期が決まりました!

5月6日ゴールデンウィーク最終日です。

日時:5月6日18時 町田駅

料金:4000円くらい

私は早め(14時くらい)に来ていますので、早く来られる方はお知らせください。

参加希望者は、下記メールかメッセージにご連絡ください。折り返し詳細をお伝えします。

electric_warrior@nifty.com

一応ほんちゃんは、18時からですが、少し早めに来られた方へご提案。いつもは喫茶店の狭いボックス席でぎゅうぎゅうになるので申し訳ないですので、雨でなければ、近くの公園と美術館に散策いかがでしょう?

町田には、町田駅からはちょっと離れますが、町田リス園(リスに直接餌があげられる、大変ですが)とか、その近くに薬師池公園などもあります。バス移動ですが、お勧め。

また横浜側には、こどもの国なんてのもありまして、お子さんがいらっしゃったら、そちらも良いかもしれません。リクエストありましたら、もう少し早め集合で(お昼前)お弁当持ってハイキングなどもできます。

せっかく町田にお越しになられたら、そういうミニスポットをご案内できるかなと思います。ただ雨が降ると大変なので、あくまでオプションにしたいと考えています。

一応、雨でなければ公園散策、リクエストがあれば、早め集合で上記のスポットのいずれか、雨天はいつもどおり喫茶店。こうしておきましょう。

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April 08, 2018

憑依という現象の科学的な解釈

憑依された人についてのブログを見まして、まあ、そういうことが現実にあるのかなと。

何かが憑依するという現象を、心理学や精神医学などで考えると、超常的な原因は想定していないので、他のいくつかの原因を推察しています。

一つは演技。例えば、イタコとか一部の者は演技していることは、なんとなく知られています。クレオ・パトラを呼び出したら東北弁の日本語で話していたとか、まあこれはそうかもしれない。幸福の科学の霊言シリーズもそんな感じはします。

もう一つは記憶の変容、これは個人レベルだけではなく集団でも起きることがあります。宇宙人の誘拐などは、そのような可能性を指摘されています。また、我々の記憶は結構影響を受けやすく変容しやすいことが専門家の間では知られています。

他にあるのは、解離性障害として知られているもので、厚労省のホームページにも解説があります。

解離性障害
http://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_dissociation.html

原始的な宗教形態であるシャーマニズムなども、トランス状態での解離状態を利用したものと考えられています。

また、多重人格として知られる解離性同一性障害はダニエル・キイスの「24人のビリー・ミリガン」やドラマなどにもなって有名でしょう。これも解離性障害の一つです。もちろんそれ以外にもかなりの分類があります。また一時的な解離現象は普通の人でもあると言います。

これらは、強い精神的な外傷が原因ではないかと考えられています。特に幼少期から受けたトラウマになるような出来事は、これらを引き起こすのではないかという意見もあります。

昔は、このような現象を悪魔憑きとか、逆に神が降りてきたとか、超常的な力が原因として扱われたようです。しかし、憑かれる人の知識の範囲内、例えば仏教徒の日本人なら死者や動物、キリスト教だと聖霊や悪魔など、当人の記憶の範囲内で起きている脳内の現象と考えられます。演技ではない場合、この解離性障害である可能性はあるでしょう。

生活に支障が出るような場合、治療が必要になりますが、十分な知識を持った医療関係者と信頼関係があることが前提になるようです。また本人もその症状についてある程度理解していることが必要だといいます。

もちろん、他にも未知の原因はあるかもしれないですから、そうだと必ずしも言えないのですが、可能性として考慮しておくと良いのかもですね。

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JW時代の見方を小さくする

ボーダーレスの見方のメリットを最大限に利用する方法としては、JW時代の考えを見方を広げる起点として援用できる、と言う点があります。

もちろんJWの見方って前提条件が使えないものなので、そこらへんは調整が必要ですが。例えばコミュニケーションとか、外部との折衝とか、西洋の中心的な考え方である聖書の(偏ってるけど)知識とか、現実的に使えそうなものはいくつかあります。

要はJWの見方ってすごく偏っているんですね。そこを引き算ではなく、足し算でどんどんバランスしていく。見方が広がれば広がるほど、JWの考えや見方は小さくなる。つまり今まで視野が狭過ぎたことが問題の一つだったと思います。視野を広げていけば、JWの見方などはそれほどプライオリティが高くなくなるんですね。こうなるとJWのことで悩んでいたことそのものが、かなり相対化されるというか、第三者的な見方に変わってくる。

JW時代の悩みって、いつまでも引きずるのは望ましくないですから、この辺りがうまい落とし所になればと考えていますが。

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ボーダーレスな思考

JWと一般社会を対立的な位置に置いて論評する意見をよく見ます。その見方は、自分のJWへの感情を述べるのには適しているものの、主観が入りやすい弱点を持つと考えています。

それはJWの言っている主張の反対側に立っているだけのような。たしかにJWは世と自分たちが違うって考えていますが、一般社会から見れば、いろんなキリスト教とか、新興宗教とか、カルトとかなんだかわからないけどそういうのの一つ程度。そこに一般社会とのボーダーを想定していません。

JWはもちろんこの仮想のボーダーを想定して自分たちの世界観を構築しているのですが、JWを辞めた時にそのボーダーを維持したまま一般社会を見てしまう、あるいはJWを評価するのはよくありますね。そしてJWの感覚があることや彼らの挙動の一つ一つが気になる。

そこでお勧めしたいのが、ボーダーレスな見方。JWも一般社会の中の一部として了解すること。もちろんその中では、相当変わった社会集団ですが、そんな少しいかがわしい社会集団は一般社会には腐るほどいます。

カルト団体や政治的な極端な人々、極端な医療の主張を唱える団体、極端な宗教原理主義者、癒しを行う教祖、唯一の真理を知ると主張する人々を崇める団体、全体主義な組織崇拝の団体。何もJWさんだけじゃないし、一般社会にはそれらも包含する懐がある。

所詮JWも高々1%もいない、一般社会の中では、ごくごくわずかの存在です。これを世の中のスタンダード(このスタンダードもあるといえばあるけど、ないといえばない)と比較して対立的に評価することは、その人には意味があっても一般的に見れば、あまり意味がないかもしれません。

JWも一般社会の中に存在する、社会集団の一つに過ぎない、という見方で改めて見られると、少し醒めて突き放して見られるかもしれませんね。そうして社会の中で評価を行えば、より客観的な、あるいは相対的な評価をしやすいと考えています。

もう一つ有利なのはJWのボーダーを超えて一般社会に出た、だから合わせなければ、という切迫感から解放されることです。そう、だってJWにいた時から一般社会にいたのですから、劇的に変える必要はない。もしJW時代の言動で齟齬が発生したら、そこだけ調整すれば良い。

基本一般社会には、JWを含め、いろいろな考えを包含しているに過ぎないですから、自分の必要に合わせて、オリジナルなものを構築していけば良いかと思いますね。

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April 06, 2018

町田オフ会 ゴールデンウィーク版

リクエストがありましたので、やりましょう。

場所は神奈川県ぢゃなくて、東京都の町田、時間は大体18時からです。私は早めに来てまた書き物してますので、早くついた方はご連絡を。

日にちは決めてないので、この時期がいいとすり合わせ調整をします。ある程度固まったらまた再度告知しましょう。

一応、4月から5月でこの時期なら参加したいと(この時期は無理なので外して、でも良いです)リクエストください。

料金は飲み放題コースなど頼むので、4000位ですかね。

また、初めての方も歓迎ですので、ご検討くださいませ。

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ネット炎上の研究

という書籍がありますのでご参考まで。
色々な炎上から、炎上の特徴や炎上を起こす人の属性、また人数や捉え方、対処など包括的に扱っています。

とくに興味深いのは、大規模な炎上も実は参加者は極めて少ないということ。最後には高校生向けに炎上リテラシー教育の雛形も付いていますので、そういったことでお困りの方は参考にするのも良いのかも。

私自身は責任論の「インターネット上の責任」の文章の資料として参考にしています。

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April 03, 2018

オフ会批判は収束したらしい

シンとかいう人のオフ会批判は収束したようです。一応、収束宣言と負け惜しみ的なことがだらだらと書いてありました。

要は、議論できる能力も正当性はもなかったというだけです。本人の無能を周りのせいにするのは、まあ常套句ですね。

今回はたった一つだけオフ会の価格が高いかどうか、それだけ。高けりゃ行かないだけなのに。それは参加者個々の判断。それを被害と言ったり、妄想のリベート疑惑を煽ったり。どこからか仕入れた経緯の疑わしい情報をプラスアルファして疑わしく見せたり。

それと同時に恫喝まがいのこともしたらしく、ご相談も複数から寄せられました。議論は感情的にしないんでなかったでしたっけ?それとも悪魔とか天使とかが憑依してそうさせたか?それともJWからのリベートか?

自分たちへの物言いが、JW的だと言いますけど、一般のオフ会ではこんなくだらないこと問題にならない。基本は第三者は介入しないし、トラブル起きたら当事者間です。それを介入しないのは、わかってない人が介入したらお互いに大変なことになるとわかっているから。世間の知恵です。

まあそういったことができない、介入したくてうずうずしてるのは、まだJW的な他者への助言体質が残っているんでしょう。他者と自分の価値観の違いの区別ができない発達心理学でいうところの自己中心性(自分の視点でしか物事を評価できないこと)だと思います。もっともっと大人になりましょう。JW的な行動原理から卒業しましょう。多様性を認められないとね、いつまでもお子ちゃまになる。それは議論ではない。単なる八つ当たり的な言いがかり。

また方法も問題がありますね、私のいた会衆では、姉妹たちを排斥させるのに、情報を収集して自分たちで排斥のストーリーを作成しということをやってましたが、手法は全く同じ。火のないところにわざと火を立てる。

まああれだけ大騒ぎをして、結局具体的な被害なんて大して出てこなかったんですね。それだけで時間の無駄、バカバカしい話です。まあ何はともあれ、くだらない話を止めていただきありがとう。萎縮する幹事さんたちにも、良かったと思います。

P.S
なんか収束しないでまだやるってメールが。みなさま、何も建設的でないんで無視しましょう。オフ会をよくする取り組みは、双方の信頼熟成が重要でそういった信頼破壊に取り憑かれた人では絶対できないわけですから。

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JWの責任への認識と元JWの責任への態度

さて、じゃあJWの責任はどうなの?と思う方もおられるけど、責任論ではJWについて全く言及しません。本文の中の、責任を負わない場合の理由として、「誤解、思い込み、誤った信念」の一つの例で、カルトへの信仰を挙げている程度。

JWそのものは、責任を論じるサンプルにはとてもなりきれないと思うんですね。彼らの責任感の特異性とその背景にある世界観、価値観の一般からの乖離は、話がややこしくなるだけで、責任をわかりやすく理解させるものになっていない。

はっきり言えばJWには、一般的な意味での責任の概念はない、もしくはあっても一般社会の責任は、自分たちの信念や思い込みに対して無効なものと思っている節がある。かと言って組織内部の責任も、上層部はほぼ負わない論理とシステムになっていて、それが例えば長老、僕クラスによる児童への性的虐待への組織としては無責任な対応につながる。輸血拒否とかもそうですね。

彼らが責任を負わない組織としての行動が起きる理由は、責任論で列挙されたものから言うとおよそ三つ。

①無知、また知識への軽蔑と反知性
②盲信、思い込みと誤った信念
③自己の正統性の不謬と絶対的権力(批判の封じ込め)

よくJWの組織や指導層が何故責任を認識しないのかと言う方いますが、むしろ上記の条件で責任を負うことはそもそも不可能。無責任はある意味必然です。

そして、こちらはさらに重要だけど、JWでなくても、上記の条件のいくつかを持っている集団や個人は責任を軽視する、または忌避する傾向が高い(責任論ではその条件をほかに七つあげています*)。だからJWだけを無責任と批判すると、人によってはブーメランのように返ってくることもありうる。

むしろ、では我々が責任をしっかりと担うための条件とはなんだろうか?きちんと詰めないと。そうでないとJWと同じ無責任さを引きずることになる。

ただ朗報としては、責任は決して個人や集団を責めるものではないんです。独立した個人、大人として自由にものを考え、行動するために必要な道具。安全帯のようなものですね。「自由には責任が伴う」ということは、自由をある程度、自主的に結果対応できるよう制限する指標にもなり、またそれだけの個人や集団の能力の高さを示すものでもある。そう言った意味ではJWの責任の能力は著しく低く、そして我々元JWの責任の視点で考えると、その内部の責任の論理を引きずったままでは、やはり責任の能力を向上させる障害になる。

「責任論」は、そのリミッターを外すための合理的な論理を内包したものとして提示もしています。JWには直接言及しなくてもそういった視点で十分役に立つと自負しています。

*責任を負わない主な理由

・無自覚
・無責任(責任が問われない場合と人間関係の構築の問題)
・無理解、無知、偏見
・恐れ
・能力の問題
・開き直り
・誤解や思い込み、誤った信念
・他の責任とのジレンマ
・結果の大きさと複雑
・感情的な障害

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April 02, 2018

備忘録 責任という概念の現代までの変遷について

責任論を書いていて、現状の「責任」の認識についていろいろ調べているのですが。

哲学もしくは倫理学の世界では、まだほとんど未定義に近い気がします。「責任」そのものというより、それは自明のこととして、どのように判断(応用)すべきかが焦点になっている気が。アイヒマン裁判を傍聴したアンナ・ハーレントの「責任と判断」なんでそうですし、ストローソンなどの議論もそうですね。結局、自分の哲学的な考えの説明で、責任そのものではない。サルトルなど実存主義的な考えも「責任の哲学」と言う割には責任そのものの定義はしていない。

カントやヒュームから論じる人、さらにアリストテレスから論じる人もいますけど、その当時と責任の概念がだいぶ違いますからね、少し知的怠慢な気が。

多分だけど、「責任」が何か、は哲学とは別次元の話なのだということが何となくわかってきまして。じゃあ、どこなのというと言語学でもないし、論理学なのかな?心理学では絶対ないけど。あるいは学際的なものとか、そうなのかな。概念の応用範囲は、倫理学とか法学とか社会学とか政治学とか、本当に多岐に渡りますし。そこを飛び越えて、なんというか基礎概念として扱うというのがいいのかな?

あるいは責任はもしかすると(我々がイソップ寓話のネズミとすれば)猫で誰も鈴をつけるネズミがいないのかも。鈴をつけたほうがいいけど誰がその役割を担えるかはっきりしない。でも誰かがしないといけないと思うけどですね。そうでないとまた子ネズミが犠牲になる。責任という猫に食べられる。自己責任論がまさにそうですね。弱者叩きの論理として使われると思います。

また、自分の責任とあまりに過重に捉えすぎて、自死されるなどは大きな問題です。そこまで責任を考える正当性はないのに。人の命を奪うほどの責任の概念は、むしろ社会悪でしょう。

逆に責任を担う必要性のあるものを不問にする。最近の政治の世界の動きでは、責任という概念が、実質上ほとんど顧みられていない気がします。今一度責任の定義を見直す必要はあると思うんですね。

日本語の「責任」は、元々は漢語から来ているみたいです。漢語は荘子あたりかららしく、皇帝が無為なら役人は責任ある仕事ができるというような文脈で書いてあります(この「無為」という概念が荘子を読むポイントになるんですけど)。

欧米圏のresponsibility責任ですが、これはラテン語のrespondeoから来ているらしいですね。これも、かなり一般語っぽい。ラテン語の教科書にも、先生に返事をすることに、この単語が使われていて、おやっと思ったものです。

現代のresponsibilityや日本語で今使われている責任にまで落ち着くのは結構時間がかかります。英語圏では、18世紀くらいから使われ出したらしく、18世紀や19世紀は、もっぱら政治の世界の責任について書いてあるらしい。こう考えるとresponse(応答)プラスability(できる)で「応答可能性」がどちらかというと政治の世界の責任と結びついているというのが、なんとなく見えていまして。たしかに政治家の責任は、信託されたその使命に「応える」ことですからね。

20世紀になると、個人の道徳的な責任という意味での責任の使い方が、英語圏でも、また日本においても爆発的に増える。日本では代表的なものは夏目漱石ですね。責任という言葉を「坊ちゃん」「こころ」で何度も使っている。しかも現代の我々が読んでも使い方に違和感を感じない。おそらく責任という概念が、現代のように固まったのは20世紀初頭と推察しています。

この当時は、徐々に政治が市民の手に渡りつつある時代で、先ほど政治の世界中心の概念が外に出て行ったのかもしれない。同時に日本も鎖国を解き、世界の知識を急激に吸収する状態だったと。

さらに個人と当時の地域社会との役割が逆転する。都市化によって個人が土地に縛られなくなったことも大きいです。たしかに坊ちゃんも地元の東京を離れてますよね。地元の後継しかできなかったら、責任という言葉をそこまで使う必要はなかったかもしれません。

「武士の家計簿」なんて読むと明治以降の伝統から解放された状況がよくわかります。それ以前は個人の責任より、家柄やしがらみの中で生きている社会だったのかもしれない。

この中産階級の市民の登場と世界の移動手段の飛躍的な技術向上、グローバル化が責任という概念を急激に発展させる原動力になったとも捉えられます。

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