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June 30, 2018

仕事の話

今、こんな状態なんで仕事をどうするか自分の中身の洗い出しをしています。

私の基本はプロの持つ科学技術の情報を翻訳して一般の方にわかりやすく伝えるというスタンス。

今まで読者が対象だったのを情報を伝える必要があるプロの方を対象にシフトして双方向でできないかと考えています。

少しモデルケースもあって、最近人手不足ということで、そういう専門職の紹介が必要だけどなかなか伝えきれない。また入ってきた新人も学部が異なるのでなかなか教えることが難しい。ここら辺の支援策をここ数年やってきて、ある程度ノウハウ的なものが蓄積されていて、これは社内の誰もできないし、会社と切り離すことも可能。

ただこれだけでは弱いですね。プラスアルファ。これを少しいろいろな技術者の方と話し合っていこうと思っています。

「ウチに来ない?」というお誘いもあるのですが、しばらくはいないといけないし、まあ助走期間として会社を利用しようとは思っているのですが。ということで、今日は最後の団体さんの会合。新編集長の紹介と引き継ぎ(まあ引き継がないだろうけど)。

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June 29, 2018

結局

また私事で。
バカ局長が面談すると言って、次の営業日なのに異動が。
今更話すことなんかないと突っぱねましたが。

ただ常務と局長が恐ろしくバカということははっきりした。これでは安心してビジネスの話ができない。今回のことでも各所に謝ったし、また次の編集長のやらかすことのクレームが全部こちらに来るのもわかる。そんな時に常務も局長も編集長も逃げるのもよく見えるしね。

まあバカと付き合うとほんとこちらもバカバカしいことをせざるをえなくなるんで、もはや相手かにしないこと。

何か無理やり面談して、まるで自分が味方でもあるかのように振る舞ったのは流石にカチンと来ました。こういう嘘つきはどの世界にもいるようで。まあ、そのうち泣きを見る目に会うと思いますがね。

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June 28, 2018

アイヒマン調書

アイヒマン調書を読みまして、いや期待してなかったけど、思わず引き込まれるような内容でした。

アイヒマンとはご存知の方もいるかもしれませんが、ナチスドイツにおいてユダヤ人問題の最終解決として、ユダヤ人の組織的な虐殺の計画や実行に深く関与した人物で、ドイツが戦争で負けそうな状況下でナンバーツーであったヒムラーからストップをかけられたにもかかわらず、無視して虐殺に邁進する、一度スイッチが入ったら止まらない感じもありまして。

この調書は、戦後アルゼンチンに亡命したのを、イスラエルの諜報機関に発見、拘束、拉致されイスラエルに連れていかれ、そこでの取り調べを受けたときのものです。取り調べは基本自由発言をベースに進められていくのですが、取り調べに当たったイスラエル警察の大尉アヴネール・レス自身も父親を強制収容所で殺されるという悲惨な経験を持ち、その感情を抑えながらの冷たくも熱い二つのぶつかり合いが火花を散らす。

ここでアイヒマンは徹底的に逃げを打ちます。私は知らなかった、直接殺してない、決定には関与してない、輸送しただけだ、国外への移住を支援しただけだ、命令されただけでどうしようもない。当時の自分の責任は命令に従うことでそれ以外の選択肢はなかった。彼の言い分です。

迎えうつレスは、他の記録や証言を駆使して攻めます。彼のサイン入りの命令書、残された記録、部下や関係者、接触した人からのさまざまな証言、同僚や上司の証言。これら全てを口裏あわせて嘘をついているというのか?

これに対してアイヒマンは真っ向から否定し、彼らを嘘つき呼ばわりします。その姑息に逃げ回る態度は、およそ600万人の赤ちゃんや子供まで含めた人々を虐殺することを積極的に進めた人間として、そのギャップの大きさに驚かされます。

また彼自身読書をほとんどしたことがなく、命令でシオニズム運動(ユダヤ人の独立国家を作ろうとする運動)の主導者ヘルツェルの著作を読んで要約することが最初であり、そのことがユダヤ人課への足がかりになったようです。頭はいいのですが、基本のところ何故それをすべきかが抜けている。

さらにナチスドイツでは、トップで陰謀論に傾倒する者も多かったのですが、彼はそれら陰謀論を軽蔑していた様子もはっきりとわかります。そういった意味では、高い知性と洞察は持っていた。でも人間としての、あるいは良心や感情の何かが徹底的に抜けているのです。

今まで間接的にアイヒマンの言葉は読んできましたが、このように取り調べの文脈の中で見てみるといろいろ見方が調整できます。他の人の解釈という色眼鏡を通したアイヒマン像よりも生の言葉は一体どうだったのかの方が重要ですね。改めてそれを再確認した一冊です。

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June 27, 2018

またまたまた私事になっちゃいますが

さて、私事ばかりでアレなんですが。

社内にも社外にも応援してくれる人はたくさんいるし、まあ続けていくのもやぶさかではないんですが。

でもやはりそれは難しいのかな。

一つは時間、あと10年という年限は必然的に先が見えた状態、ましてやトンチキが上にいるというリスキーな状態からの脱却には短すぎる。立て直す期間もないだろうし、かと言って違う部署で一からってのもね。これがあと5、6年余裕があれば別なんだけど。

もう一つは人。やはり、仕事って何をするかより、誰とするかで選べと某保険会社の社長さんが言ってたけど自分もそう思う。で、社内見ると一緒に仕事をしたいどころか、まともに仕事の話できる人さえいない。プロでない輩が多すぎて、しかもそれが偉い者から末端まで。それでも利益が出ちゃうから、誰も改善しない従前を踏襲して何も考えない。で、東大とかロンドン大とか有名大卒とか、名前倒れ。そういう人たちと仕事をすることにほとほと嫌気はさしてますね。

なので、まあしばらくは社内に籍を置きながら一人別会社という感じで仕事かな。で次のための準備。まあ、そういった機会を勝手に作ってくれたと思えば、そこまで腹立てなくて済む。

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またまた私事

昨日は、専務に人事の不満をぶちまけたら、
「いつでも僕のところにおいでよ、秋本くんなら大歓迎だよ」(専務とは部署が違う)
と言われたり、他の部長から、
「今回の人事酷すぎだよ、これで秋本さんが辞めたら一番悲しい。あれは常務(自分は局長もグルだと思うが)の独断なんだよ」
と言われたり、しばらくピリピリしてたんで声がかけづらかったけど、あれはひどいと思って話を聞きたかったと別の編集長も言われまして。
まあ、せっかくなんで自分の好きなことをやればいいじゃない、みたいな感じで言われてます。まあ、誰もなにも言わない場所でもあるんで、しばらくはのんびりやりながらどうするか検討ですかね。
続けるにせよ、やめるにせよ、AプランBプランCプランまで考えて表にして考えています。まあ、新たなビックプロジェクトのネタ探しでもしますか。

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June 25, 2018

私事で恐縮ですが

来年早々に会社を辞めようと考えています。

あまりに上層部のトンチキなやり方にもう限界を超えているみたい。局のトップが2冊雑誌を潰した猛者で、むしろそのことで社長などが介入して定期的にコミュニケーションがあって。それがきっかけで気に入られて出世したという、一番あぶないパターン。質実剛健な私みたいなものは目の上のたんこぶ、というか疎ましかったんでしょうね。就任後、すぐに編集長職剥奪、全く分かっていない素人集団の編集部を速成、閑職に追いやられまして、業界の方々はびっくり。何か悪いことをしたの?と連日の連絡がありまして、経緯を説明するのも馬鹿馬鹿しいですし。まあ、もう限界ですね。

ただ、抱えている仕事もあって、すぐに退職できないし、次の仕事もままならないしね。幸い秋本さんとまだ仕事をしたいと言っていただける方々もいらっしゃって、なんとか会社辞めても、そこに応えられないかと模索中です。

今は、本当に先行き真っ暗なんですが、まあ一番暗い時が明るさに最も近い。自分の人生もそうでした。JWやめた直後、学校辞めた直後、本当に辛い時こそ、飛躍のバネがキリキリと縮んでいる時期で新たなステップまでの辛抱の時。まあ、そう言いながらも社内では相変わらず暴れていますので、上層部も怖がって近寄りもしないんですが。

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June 24, 2018

技術コミュニュケーションの難しさ

昨日、大阪北部地震の高槻市や茨木市の方を見てまいりました。思った以上に被害があるのを見てショックでした。しかも雨も激しくて本当に気の毒です。

また、ブロック塀が倒れて小学生の女の子が犠牲になられたことは、やりきれない。一人の技術者として、すごく残念でなりません。

これは、報道では、事故前にすでに防災アドバイザーが口頭と文書で危険性を指摘していたこと。この指摘を受けて、学校側は教育委員会に相談。相談を受けた教育委員会は技術的な知識のない者を派遣、簡単な劣化診断のみで安全性があると判断して回答したようです。

しかし、結果事故は起きてしまいました。なにが問題だったか。多くの報道では教育委員会に責を帰していますが、私は技術コミュニケーションという視点でものを見る仕事なので、あくまでその視点ですが、防災アドバイザーの技術コミュニュケーションに不備があったと考えています。

結局、危険というだけで、
①具体的になにが危険なのか
②そのために行うべきことは何か(相談すべき場所や相手はどこか)
これが不足していました。だから学校は技術的知識のない教育委員会に相談、そして技術的基礎のない劣化診断レベルで終えてしまった。そもそも、教育委員会に建築基準法の専門知識を要求することができうるかということです。彼らは建築の専門家ではありません。

私も仕事柄多くの技術者の方に、一般の方とのコミュニケーションをどのようにすべきかアドバイスしていますが、いつもそこに難しさを感じています。その技術者や専門家のコミュニケーションの不備を支えることが、我々ができることなのではと考えています。

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June 22, 2018

責任論 ご協力者募集!

責任論という文章を書いていることは以前書きましたが、ようやく粗原稿ができたんでけど一人の目ではどうしても取りこぼしがあるので、協力者を募集します。

書籍化できるかも不明ですが、そうなった暁にはご献本させていただきます。

条件としては、一応形而上学的な文章を読んだ経験がある(講義を受けた)。法学的な方面でも良いです(この辺がウイークポイント)。もちろん文章はそう言ったものではないのですが、そこらへんから見て是非掘り下げる部分はないか、またツッコミどころがないか教えていただきたい。

ざっくりいうと今までの責任の概念に時間的要素を入れて分解し、顕在と潜在、自己視点と他者視点のマトリックスを使って分析するという手法を導入しています。そうすることによって例えば自己責任論などの議論がなぜ噛み合わないか、かなり合理的に説明できる。戦争責任もそうですね。コロンブスの卵的な発想の責任の論理で、この方向で発展できるのではという知的な提言です。それを中学生レベルでも理解できるようにすることが目標。

ご興味ある方は是非!

electric_warrior@nifty.com

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June 21, 2018

ドイツ二世手記「脱人生」は間違い

だそうでして、ご指摘ありがとうございます。
意味が逆で「離脱 そして人生の中へ」みたいな意味だそうです。

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June 20, 2018

元二世の考えるポストJWの聖書の位置付け事例

さて、ポストJWになったら聖書をどう見るか?まあこれは人それぞれだと思います。

参考まで私の例で。私自身聖書はJW時代読んでまして、で思ったんだけど、JWで聖書読まない人ほど信仰が強い。読む人ほど信仰が弱くなるというか、なくなる傾向がある。それくらい聖書の中身って問題含みで。

ちなみに聖書って1日40章読めば1ヶ月で読めちゃう。簡単でしょう?1日1章だとその40倍。一年経っても読めない。1週間に10章だって同じ。だからそういう読み方の人は聖書なんて本気で読む気はない。少なくとも文脈の意味は取れない、まあ別に読む必要はないんですが。多くの人は、読まなくても信じてますからね。

中身は本当に昔の価値観満載。特にバビロン捕囚前と捕囚後では全然世界が違う。旧約聖書が編纂されたのはこのころかな?それ以前は神話的な要素が強い。これって日本書紀なんかとも構造は似ている。書かれた頃に近ければ近いほど現実的な話が多く出て来る。エレミヤのところとエリヤの話と比較すればすぐわかる。エリヤは神様みたいだけど、エレミヤは人間だよね。井戸に入れられたり、打たれて足枷台につながれたり、結構悲惨。エリヤなんて天に行っちゃうし。

で、自分なんか読んで聖書の8割は理解不能。解説すらされない。特に小預言書なんて意味不明ですよ。でも、それが聖書の中身の多くを占めている。ホセアからマラキまで。ヨナくらいしか読まないんじゃない。あれは鯨の腹に入って反省とか、まあ物語として面白いからね。でもそれ以外はガチ預言で意味もよくわからない。多くのJWも関心ない。もちろん本部もね。

そうなると読んでいて意味を取れるのは全体の半分もない。もちろん意味を取れるのと著者が言いたいことがわかるかというのと別。多分取れていない。そもそも当時と同じかもわからない。

それと内容はひどい。博学なロックミュージシャンのルー・リードが聖書を読んだことのない日本人のインタビュアーに「聖書は不道徳な本だ」なんて言った時にインタビュアーはわかってないので、それは象徴的な意味でかと尋ねたんだけど、「字義どおりだよ」って答えて、それは読んでいる人間はわかります。虐殺、近親相姦、強かんなんてたくさん出て来るし、男性優位の価値観、独善性、不寛容、残虐さ、他者への無理解、全て内包していて、とても愛あるなんちゃらなんて言えるものではない。読んでて吐き気のするような記述は本当に多い。意外に(でもないか)JWの性格にも近い。

JWやめてまで好きになるか、というと読んでる人ほどダメでしょうね。あまり魅力を感じない。私などは、クリスチャンの方がクルアーン(コーラン)とか、創価学会の御書とか、モルモン書とか、仏典とか、そういった他の宗教の聖典に感じるのと同じように見てている。

たまたま親が傾倒しただけで、それを他と比べ特別視する理由もない。聖書なんて数多くの人が信奉している数多ある聖典のたった一つに過ぎない。そしてそれら聖典を信奉している理由の大多数は親や地域社会や周りがやっていたから。ただそれだけ、JW二世と同じ。じゃあ自分の信奉する以外の他の聖典がなぜ間違っていると思うか、なんて理由もない。お互いそう。だから、聖書だけが、この中で特別で、唯一正しいなんてあるわけがない。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/聖典

だからといって、他の聖典を神聖視する人たちの姿勢には一定の敬意を示します。それは彼らに賛成しているわけではなく、人には自分の内心に聖域を持つ権利がある、ということに敬意を表する。だからJWだって信奉しているおばあちゃんとか悪し様に言ったりしません。それは相手の聖域に対して土足で踏み込んでいると思う。そこは内心の自由だし、そこに論理的な整合は求めない。親にも基本同じ。信教の自由と内心の選択肢は、たとえこちらの意見と違くてても尊重されてしかるべきという。

ただし、相手がこちらの聖域に踏み込んで来れば当然抗議する。それが常識的な相手に対して当然の敬意ですね、まあ JWにはこれが全くないからこそ問題なんだけど。聖書の適当な解釈を自分たちだけでなく周りにも押し付けてくる。JW批判もこの延長線に過ぎない。こんな感じですかね、あくまでも私の中でバランスをとってみるとですね。聖書のこういった見方もありうるということです。もちろんその他の可能性もありうるので、あくまで参考。いろいろお考えになって、ご自身が納得できるのが良いのでは。

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June 18, 2018

大阪北部地震

報道では思ったより被害が大きいようです。
先程、私の知り合いがフェイスブックの安否確認で無事を知らせてこられて、少しホッとしましたが、女の子が犠牲になったというニュースも入ってきて本当に残念です。
土曜日には、仕事で大阪に行く予定でしたが、これもどうなるかわからない。皆さんが無事であることと、普段の生活に早く戻れるように願っていますが。

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お見舞い申し上げます

関西で地震があったとのこと、関西のみなさま大丈夫でしょうか。

皆様のご無事を願いつつ、お見舞い申し上げます。

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June 16, 2018

ドイツJW二世の手記「脱人生 なぜ僕はエホバの証人をやめたか」読了?

一応、あまり理解できなかったけど最後まで見てみました。

読んでてマスターベーションの悩み、弟さん(お兄さん?)の自殺なども書かれており、その後の鬱病、また腰痛などにも悩まされたような。

アイスランドの姉妹と国際結婚して、ホテルの清掃などの低賃金な仕事をしていたことも書かれていて。途中で夫婦生活が上手くいかなくなり、精神療法を受けているときに浮気して排斥。

そして、いろいろな女性と何某になりながら、大学に行き直した?そしてJWの信仰を捨てたところまでなんとなくわかりました。

ただ、キリスト教圏の考え方とヨーロッパという、道路で外国に行けちゃうところの感覚ってまた特別なのかな。

まあ2割も理解できないので、概要として掴めたのはこれくらいですかね。A0cf8aad44634f6cab5789077764c829


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June 14, 2018

ドイツ二世の近刊「脱人生 なぜ僕はエホバの証人をやめたか」

昨日の続き。

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Ausstieg ins Leben読むと結構ドイツと同じで驚かされます。まず鞭。初っ端から著者と弟がされていたことが書かれてました。日本だけの特殊なものではないようです。やはりここら辺は同じ二世目線。シンパシーを感じます。

後、長老親父さんが空気も読めずに非公式証言して、それをこっちに振るという、穴があったら隠れたいようなことも書かれてます。私も社長がJWで、スナックに連れてかれたときに、その社長がママを口説く・・・のではなく証言を始めた時には目が点になりましたが・・・。俺に振るなよと思った、これとは違うか。

また裏表ある生活、この人は「宇宙の覇者」というアメリカ製のヒーローものが好きだったようですが、それを母親にバレないようにすること。私も友達からオモチャの銀玉鉄砲をもらって、親にバレないようにバラバラにして密輸するように家に持ち込んだことがありますが、似てますね。

また音楽の影響バックワードマスタリング(逆再生すると悪魔のメッセージが聞こえる)有名なのは、ZEPの天国への階段なんですが、最初に覚えて弾いたら助言されたとか。自分もパートナーだったハゲにチクられてZEP全部捨てる羽目になったし。

いや、ドイツ語わからないので、わかる人でも3時間かかる分量なので、グーグル大先生の活躍もあり、最初だけでもこれだけ出てくる。

少しずつ読みながら(ドイツ語の勉強も兼ねて)紹介と感想を書いてきます。ちなみに題名は「脱人生 なぜ僕はエホバの証人をやめたか」みたいな感じですかね。日本語で言う「脱カルト エホバの証人二世の語る実情」みたいなものか?

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June 13, 2018

Ausstieg ins Leben: Wie ich aufhörte, ein Zeuge Jehovas zu sein

10月に一週間ドイツへ出張になりまして、できれば向こうで取材してきてほしいと。

いや、英語だって無理なのに、ドイツ語?・・・ということで、慌ててドイツ語学習アプリを一個ずつ入れて試しています。もう翻訳ソフトでなんとかした方が良いのではないか?そんな長く行くわけではないからね。

面白いのが、向こうの日本語学習者と相互支援するというアプリ。早速、日本語を添削してあげて、こちらのまだ挨拶もままならないものを、添削してもらいました。毎日やれば、後3ヶ月で一人で食事くらいはできるようになるかな?

ドイツと言えばハーモニカ発祥の地なので、そこらへんはちょっと見に行きたい。独ホーナー社のハーモニカ愛用者としては気にはなりますが、場所が遠い。

また元JW系の話で言えば、昔ドイツの大学院生に日本のJW二世のことで取材を受けたんですね。そういった縁もあるんですね。

と言うことで、向こうの二世の書籍が今年出ましたんで、一応紹介。グーグル翻訳でさわりだけ読みましたけど、日本の二世とよう似てます。ドイツ語できる方は是非読んで教えて下さい。

Simone Lankhorst und 1 weitere
Ausstieg ins Leben: Wie ich aufhörte, ein Zeuge Jehovas zu sein

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海外に精通した親友に「ドイツ行くんだけど、どこいったらいい?」って聞いたら「FKK」。ググってみたら、うぉい!!ったくどうしようもない悪友で(でも元二世)。

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June 11, 2018

シンプルな気持ち

楽観的な見方を持つためのもう一つのベースが物事をシンプルに見る。悲観的な物事を見る方の多くはすごく複雑に考える傾向がありますね。でも物事の本質からずれた、その他諸々をいちいち全部気にしてたらきりがない。そこで、もう全てを考えるのではなく、必要なことを最小限悩む。あるいは考える。しかもシンプルにして。

シンプルに考えるということは、物事がシンプルだからではないんです。我々は複雑なことをそのまま理解できない。思考は常に単線的なのに対して、物事は多くのことがパラレルで同時進行で、相互に影響していることも多く、しかも一つ一つ全てを理解する間も無く時間は過ぎていく。残ったものはわずか、人の記憶と記録と。それらも膨大で、とても追いきれない。しかもほとんどが散逸して失われる。自分の記憶さえ。人間の持つ限界です。

それらを、全て理解することは不可能。だからこそシンプルに。我々が理解できる範疇の中の本当に必要なところに的を絞って、また無駄を削ぎ落として理解しようとする。

JW問題も結構使える考え方だと思います。本当にそこは考えるべきところなのか?自分にとって、また他の人にとって必要なものか?不要だと判断すれば切り捨てる潔さって重要です。

ここに、それぞれの価値観が反映される。もちろん、JWなんて自分と自分の周りに不要と全部切り捨ててもいいわけで。全否定ですか、これが本当に全否定で、いつまでも批判し続けることは全否定ではなく、まだこだわりがあると思います。感情的な何かが引っかかっている。もちろん、それ自体は悪いことではない。

ただし、それが自分の思考や生活の方向性を変に規定していたり、あるいは新しいことへのチャレンジの障害や限界の枷になるならあまりよろしくはない。どこかに限定した方が良いでしょうね。JWをやめて最初の1、2年はそうなっても、5、6年も同じ状態になるのは、良いこととは思えない。

そのために、最初の半年とか1年、出せるものは全部出す。安心して、会える人や話を聞いてくれる人がいれば、そこを利用するのも手。オフ会とかでも良いし、そういったことで、整理する時間は必要と思います。そしてそれを納得できるまで出したら収束させていく。

その収束して行く過程で、必要なものと不要なものを仕分けていく。JWに対する見方の軽量化というかダイエットというか。正直JWの考え方や方法はほとんどが一般社会においては使えない。あれはあの世界観とあの環境の中でだけなんです。だから、これをいつまでも温存することはあまり意味がないかも。

そして、できれば、そこに自分の見方を少しずつ置き換えていく。新しい自分にあった世界観を迷いながらも、自分らしく作り上げていく。これもシンプルである方がやりやすい。そういった意味で考え方をシンプルに少しずつしていくことで、気持ちに余裕ができるようになってくると考えています。

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June 08, 2018

ポジティブ・シンキングとネガティブ・バイアス

自分はまあカミさんにも、超楽観主義者と言われるくらい、物事が逆境のような時ですら、お気楽に考える傾向があります。

まあ、それだけそういうことがあったからかもしれないし、そうでも考えていないとやってられないほどのことも、まああったりもします。

かと言って、ポジティブ・シンキングな訳ではない。基本はポジティブ・シンキングのような考え方には批判的です。何でもかんでも積極的な考えで良いわけではない。むしろ事実を歪めて認知する危険すらある。あるいは被害者の受け止め方や気持ちのせいにする可能性も考えられる。

さて、ポジティブ・シンキングなんてまあ自己啓発的な考えってのは置いといて、一つ気をつけているのは、我々はネガティブなところを中心に考えやすい傾向がある。それを意識する。ネガティブ・バイアスっていうんですが。

もちろん、これそのものは悪いことではない、むしろ、このおかげで人類が進化の過程で生き残ったのかもしれない。

例えば、捕食動物に襲われるのと食物を見つけたことと等価に感じてたら、人類は絶滅してた。ライオンに出会ったら目の前に美味しそうな木の実があっても一目散に逃げなくちゃ。

それと同じように、我々ってネガティブな方を重要視する。一万円拾うのと一万円落とすのとは等価ではないんです。マイナスの方がダメージが大きい。

JW問題もそうですね。やはりネガティブな方に引っかかりやすい。でも、これって自然だし、別におかしくない。人間ってそんなもんです。それを全否定だからいかんとかいう人いるけど、それはひどく皮相的でね。正直そこは問題の中心でもなく、目に見える結果に過ぎない。こだわるべきところではない。

じゃあ、そのネガテイブ・バイアスをどうすべきかというと、まずその傾向があるということを知るだけでもだいぶ違う。そのうえで、もしネガティブな偏りを無くすとどう見える可能性があるか、これをちょっと考えるだけでも、落ち着いて見られる、もう一つの視点が育つ感じはするんですね。ネガティブな考えをどうにかしたいと考えている方や悩んでいる方は少しお試しあれ。自分を守る武器となるもう一つの視点を得られるチャンスかもしれない。

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June 05, 2018

ポストJWをよりよく生きるために・・・

JWを過去の体験としてどう評価するのか、これは各人各様だと思います。

私の考えでは、せっかくそこを離れたんですから、一定のケリがつけば、そこにいつまでも執着しなくても良い。人生の時間は限りありますから、もっと自分のためになる、楽しいことやためになることに使うことが良いのかと。もちろん元JWの交流が人生を楽しくすることなら、それも何かの縁。プラスになれば良いと思いますね。

JWを過去のものとして受け入れられるようになるには、一つは時間、もう一つは知識や情報、もう一つは交流の幅を広げる、こうして世界や視野を広がっていくことなどいろいろあります。それらを可能にする好奇心やオープンな気持ちってまあ結構大切だなと。

もちろん、ある時期は、とにかく感情を吐き出すことって必要と思います。が、それがいつまでも続くわけではない。その後の人生の方が長いんです。そこをいかに自分の納得できるようにしていけるか、それは元JWに限らず全ての人の課題で。逆にそこが上手いこといっていれば、JW云々なんてもう関係ない。そうなれれば理想ですかね。

そこに至る筋道ってんですかね。そのモデルケースってのをいくつか提示していければ良いと考えています。

じゃあ秋本の体験は?なんて言われると困ってしまって。カミさんにも言われますが、それはあまりに参考にならない。特殊すぎることもあるし、また、自分の考え方のクセが強すぎる。

まあ、とりあえずは自然体に感じたままの行動で、今があるわけで。だから自分が何を体験し、どう感じたかなんてあまり書きたいとは積極的には思わない。ありのままの行動、考えが世間や元JWとずれていることを特に気にしているわけではないが、その情報が他の元JWの方々に必ずしもプラスになるかどうかは懐疑的(だから書きたいことを書いているわけではかならずしもなくて、一応役立つかどうかくらいは考えている)。

ただ、その辺はいろんな人のケースをたくさん知っていることが利点ですかね。そこらへんの蓄積と分析はさすがに豊富でしょう。だてにJWやめてからが長いわけではないから。それらから、だいぶ楽観視している(これ、重要!)。あるいは解決不能なんてことはないというのは、ある程度はわかっている。もちろん新たなケースが出てくればアップデートします。

そういったモデルケースのデータの蓄積と共有こそ、元JWで必要な方がいろいろと利用価値があるのではという感じですね。

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June 04, 2018

アエラ記事読びばした!

中身はゴンさんならではのコメント、私から何か言うより、実物をご確認ください!と大人なコメントをして、いくつか。

統一教会がちゃんとコメントしてるんですね。Jはコメント求められたのかな?まあ、それでもブッチ無視でせうが。まあ、日大広報部からまだまともに見えるくらいですからね。広報なんてないようなもんで。

あと、スピリチュアル・アビュースという言葉。sexual abuseとかchild abuseとかは、向こうの文献ではよう見ますが、そういった言葉もできたんだねと改めて。

一緒に写っているのは同時に買ったもんで、まあこの節操のなさがあれなんですが。

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