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July 12, 2018

全体主義的な体制における責任の麻痺

現在執筆中の「責任論」では、責任を負わない場合の類型について詳述しています。

それら、無責任の構造的な事由について、いろいろと資料を渉猟してましたら、面白いのがありまして。

私が大学で「ナチスを体験する」授業を続ける理由
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56393?page=4

これは、甲南大学において、特別授業でナチスの支持者たちの状況を追体験するものです。これは1969年にアメリカの高校の歴史の先生が、生徒がナチスについてあまり理解しなかったので、実際にナチス的な要素を体験させたところ大変なことになり、そのことをベースにした映画「THE WAVE」というのがありますが。これを授業で実際に(もちろん安全を考慮して)されているそうです。

具体的な内容は本文を参照されるとして、わたしが興味を持ったのが、以下の文章。
「②責任感の麻痺。上からの命令に従い、他のメンバーに同調して行動しているうちに、自分の行動に責任を感じなくなり、敵に怒号を浴びせるという攻撃的な行動にも平気になってしまうこと。」
「これは人びとが自分の行動の責任を指導者に委ね、その命令を遂行することにのみ責任を感じはじめるという、状況的義務への拘束が生じていることを意味している」
「・・・ファシズムの仕組みを理解する上でとくに重要なのは、2番目の「責任感の麻痺」である。」
「この「責任からの解放」というべき単純な仕組みにこそ、ファシズムの危険な感化力があるといってよい。」

現代の日本のヘイトクライムにも見出される現象としています。

わたしの文章では「カタルシスによる責任への感覚の麻痺」という言葉を使っていますが、全体主義社会で表出するある種の責任放棄の形ですね。

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